131話「この時間に任せて」

一階から、賑やかな声と鉄板の焼ける音が上がってくる。

「ちょっと里奈、それまだ早いって!」

「大丈夫だって。レアくらいが美味しいんだから」

里奈ちゃんと早苗のやり取りに、思わず小さく笑った。

二階の廊下にまで、肉の焼ける匂いが上がってきている。

しばらくして、綾さんの落ち着いた声が混ざった。

「焦らなくても大丈夫ですよ。火、少し弱めたほうがいいかもしれません」

その言い方がどこかやわらかくて、でも自然に場が和んでいるのが分かる。

私は手すりに軽くもたれながら、一階の様子をぼんやりと想像していた。

無理に入っていかなくてもいい。

今は、あの三人に任せておけばいい気がした。

「直人くーん!降りてきてー!焼けたよー」

里奈ちゃんの声が階段の下から響く。

少し間を置いてから、「分かった、今行く」と返した。

リビングのドアを開けると、肉の焼ける音といい匂いが広がっていた。

「直人くん、ここ座って!」

里奈ちゃんが隣を軽く叩きながら言う。

「おっ、美味そうだな」

私が席に着くと綾さんが、

「初日から、こんなにしてもらってすいません」

と軽く頭を下げながら笑顔で言った。

「いえ、うちはアットホームで月下美人もこんな感じなんですよ」

「いいですね。こんな場があると女の子から仕事以外の話も聞けますからね」

 

「直人くん、これ食べれるよ」

里奈ちゃんが取り皿に肉や野菜を入れる。

ふと顔を上げると、綾さんが静かに周りを見ていた。

誰かの会話に無理に入るわけでもなく、でも自然と全体に気を配っている。

その距離の取り方が、この場所にすでに馴染んでいるように見えた。

こういう人が一人いるだけで、空気は変わる。

里奈ちゃんが次々に皿に乗せていく。

「ほら、直人くん。冷めるよ」

「ありがとな」

一口食べると、思ったより柔らかくて、思わず少し笑った。

「美味いな」

「でしょ?」

得意げに笑う里奈ちゃんの前で、早苗が小さく肩をすくめる。

「ほとんど里奈が焼いただけだけどね」

「いいんですよ、こういうのは雰囲気ですから」

綾さんがそう言って、少しだけ笑った。

その一言で、三人の空気がやわらかくまとまる。

肉の焼ける音と、三人の笑い声。

その中に混ざりながら、気づけば肩の力が抜けていた。

無理に何かをしなくてもいい。

今は、この時間に任せておけばいい。

──そんなふうに思えた。

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