一階から、賑やかな声と鉄板の焼ける音が上がってくる。
「ちょっと里奈、それまだ早いって!」
「大丈夫だって。レアくらいが美味しいんだから」
里奈ちゃんと早苗のやり取りに、思わず小さく笑った。
二階の廊下にまで、肉の焼ける匂いが上がってきている。
しばらくして、綾さんの落ち着いた声が混ざった。
「焦らなくても大丈夫ですよ。火、少し弱めたほうがいいかもしれません」
その言い方がどこかやわらかくて、でも自然に場が和んでいるのが分かる。
私は手すりに軽くもたれながら、一階の様子をぼんやりと想像していた。
無理に入っていかなくてもいい。
今は、あの三人に任せておけばいい気がした。
「直人くーん!降りてきてー!焼けたよー」
里奈ちゃんの声が階段の下から響く。
少し間を置いてから、「分かった、今行く」と返した。
リビングのドアを開けると、肉の焼ける音といい匂いが広がっていた。
「直人くん、ここ座って!」
里奈ちゃんが隣を軽く叩きながら言う。
「おっ、美味そうだな」
私が席に着くと綾さんが、
「初日から、こんなにしてもらってすいません」
と軽く頭を下げながら笑顔で言った。
「いえ、うちはアットホームで月下美人もこんな感じなんですよ」
「いいですね。こんな場があると女の子から仕事以外の話も聞けますからね」
「直人くん、これ食べれるよ」
里奈ちゃんが取り皿に肉や野菜を入れる。
ふと顔を上げると、綾さんが静かに周りを見ていた。
誰かの会話に無理に入るわけでもなく、でも自然と全体に気を配っている。
その距離の取り方が、この場所にすでに馴染んでいるように見えた。
こういう人が一人いるだけで、空気は変わる。
里奈ちゃんが次々に皿に乗せていく。
「ほら、直人くん。冷めるよ」
「ありがとな」
一口食べると、思ったより柔らかくて、思わず少し笑った。
「美味いな」
「でしょ?」
得意げに笑う里奈ちゃんの前で、早苗が小さく肩をすくめる。
「ほとんど里奈が焼いただけだけどね」
「いいんですよ、こういうのは雰囲気ですから」
綾さんがそう言って、少しだけ笑った。
その一言で、三人の空気がやわらかくまとまる。
肉の焼ける音と、三人の笑い声。
その中に混ざりながら、気づけば肩の力が抜けていた。
無理に何かをしなくてもいい。
今は、この時間に任せておけばいい。
──そんなふうに思えた。

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