136話「入り込む風」

ドアの外に出ると、さっきまでの静けさが少しだけ遠のいた気がした。

鍵をかける音が、やけに現実的に響く。

隣を見ると、美緒が同じように扉の方を見ていた。

「行こうか」

そう言うと、小さく頷いた。

並んで歩き出す。

さっきまで同じ景色を見ていた余韻が、まだどこかに残っていた。

駅へ向かう道は、思っていたよりも人が多かった。

街中はクリスマスムード一色になっている。

赤、緑、白色の装飾で溢れ、店頭にはクリスマスツリーがキラキラと光っていた。

「どんな人かな?」

美緒が聞く。

「俺も、弘から話を聞いただけだからな。

まぁ、会ってみれば分かるだろ」

店の前に着くと、弘が手を上げた。

「兄貴、こっちっす」

その隣に、一人の女性が立っていた。

背が高く、すらりとしている。

派手な印象はないのに、不思議と目に入った。

「はじめまして」

小さく頭を下げる。

「藤井美咲です」

顔を上げたとき、柔らかく笑った。

「村上直人です、よろしく」

私も軽く笑って返し、手のひらを美緒に向ける。

「こっちはスタッフの白石です」

「白石美緒です。よろしくお願いします」

美緒は丁寧に頭を下げて言った。

弘が「とりあえず、中に入りましょうよ」と扉を開けた。

四人で店の中に入る。

店内はカップルや女性客で賑わっていた。

席に案内され、向かい合って座る。

美咲は背筋を伸ばしたまま、落ち着いた様子で座っていた。

店員が水を置いていく。

それぞれ簡単に注文を済ませると、テーブルに少しだけ間が生まれた。

写真を撮るのが好きだと、弘から聞いていた。

肩から下げたバッグには、Canonのロゴが見える。

その話を思い出しながら、もう一度、美咲の方を見る。

「今日は時間つくってもらって、ありがとうございます」

美咲はそう言って、もう一度軽く頭を下げた。

「いや、大丈夫だ」

短く答える。

「兄貴、美咲ちゃんって見た目通り、しっかりしてるんすよね」

弘が場を繋ぐように言った。

「見た目通りだったら、そのままだろ」

そう言うと、弘は「あれっ?あっ、そうか。そうっすよね!」と頭を掻きながら笑った。

その笑いにつられて、自然と空気がやわらいだ。

「仕事のことは、弘さんから聞いてます」

美咲が言う。

「全部じゃないですけど」

「それでいい。少しずつ覚えればいい」

そう答えると、美咲は小さく頷いた。

「私にできることがあれば、やらせてもらえたらと思ってます」

言葉は控えめだったが、曖昧ではなかった。

「美緒ちゃん、ホームページは進んでる?」

弘がキーボードを打つ仕草をして聞いた。

「はい、ほぼ終わりましたよ。

あとは女の子の写真を入れたら完成です」

弘と美緒が仕事の話を始めた。

私は美咲に何気なく聞いた。

「写真、撮るんだって」

美咲は一瞬だけ驚いたように目を動かし、それから小さく頷いた。

「はい、好きで」

「何を撮るんだ?」

「いろいろですけど……」

少しだけ考える。

「人も、風景も」

言葉は控えめだったが、曖昧ではなかった。

「気になったものを、そのまま残したくて」

その一言に、少しだけ引っかかる。

「残す、か」

自然と、そう口にしていた。

美咲は小さく頷く。

「そのままの形で、忘れないように」

美咲はそう言って、小さく笑った。

無理に明るく振る舞っている感じはなかった。

私はコーヒーを一口飲み、美咲を見て言った。

「店の女の子、撮ってみるか」

弘が「おっ」と小さく反応した。

美咲は一瞬だけ言葉を探すように視線を落とす。

「……私でいいんですか?」

「やってみないと分からないだろ」

そう答えると、美咲はゆっくりと頷いた。

「やらせてください」

その言葉は小さかったが、はっきりしていた。

弘がどこか嬉しそうに笑っている。

美緒は隣で、何も言わずにそのやり取りを聞いていた。

その横顔は、さっきと変わらず穏やかだった。

外に出ると、空気はだいぶ冷えていた。

日が傾きかけている。

「ありがとうございました」

美咲が軽く頭を下げる。

「また連絡する」

それだけ伝えると、美咲はもう一度頷いた。

「それじゃ美咲ちゃんと事務所に戻りますね」

弘が言う。

「ああ」

短く返す。

美咲は一度こちらを見て、小さく頭を下げた。

その仕草が、なぜか少しだけ残った。

二人の背中が、人混みの中に紛れていく。

しばらくそのまま見ていた。

隣に気配を感じる。

美緒が、少しだけ近くに立っていた。

「……どうだった?」

静かに聞く。

「いいと思う」

そう答えると、美緒は小さく頷いた。

それ以上は何も言わなかった。

歩き出す。

藍色に染まり出した街のあちこちに、イルミネーションが灯り始めている。

行き交う人々は、皆寒そうに歩いている。

気づけば、いくつかのものが動き始めていた。

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