ドアの外に出ると、さっきまでの静けさが少しだけ遠のいた気がした。
鍵をかける音が、やけに現実的に響く。
隣を見ると、美緒が同じように扉の方を見ていた。
「行こうか」
そう言うと、小さく頷いた。
並んで歩き出す。
さっきまで同じ景色を見ていた余韻が、まだどこかに残っていた。
駅へ向かう道は、思っていたよりも人が多かった。
街中はクリスマスムード一色になっている。
赤、緑、白色の装飾で溢れ、店頭にはクリスマスツリーがキラキラと光っていた。
「どんな人かな?」
美緒が聞く。
「俺も、弘から話を聞いただけだからな。
まぁ、会ってみれば分かるだろ」
店の前に着くと、弘が手を上げた。
「兄貴、こっちっす」
その隣に、一人の女性が立っていた。
背が高く、すらりとしている。
派手な印象はないのに、不思議と目に入った。
「はじめまして」
小さく頭を下げる。
「藤井美咲です」
顔を上げたとき、柔らかく笑った。
「村上直人です、よろしく」
私も軽く笑って返し、手のひらを美緒に向ける。
「こっちはスタッフの白石です」
「白石美緒です。よろしくお願いします」
美緒は丁寧に頭を下げて言った。
弘が「とりあえず、中に入りましょうよ」と扉を開けた。
四人で店の中に入る。
店内はカップルや女性客で賑わっていた。
席に案内され、向かい合って座る。
美咲は背筋を伸ばしたまま、落ち着いた様子で座っていた。
店員が水を置いていく。
それぞれ簡単に注文を済ませると、テーブルに少しだけ間が生まれた。
写真を撮るのが好きだと、弘から聞いていた。
肩から下げたバッグには、Canonのロゴが見える。
その話を思い出しながら、もう一度、美咲の方を見る。
「今日は時間つくってもらって、ありがとうございます」
美咲はそう言って、もう一度軽く頭を下げた。
「いや、大丈夫だ」
短く答える。
「兄貴、美咲ちゃんって見た目通り、しっかりしてるんすよね」
弘が場を繋ぐように言った。
「見た目通りだったら、そのままだろ」
そう言うと、弘は「あれっ?あっ、そうか。そうっすよね!」と頭を掻きながら笑った。
その笑いにつられて、自然と空気がやわらいだ。
「仕事のことは、弘さんから聞いてます」
美咲が言う。
「全部じゃないですけど」
「それでいい。少しずつ覚えればいい」
そう答えると、美咲は小さく頷いた。
「私にできることがあれば、やらせてもらえたらと思ってます」
言葉は控えめだったが、曖昧ではなかった。
「美緒ちゃん、ホームページは進んでる?」
弘がキーボードを打つ仕草をして聞いた。
「はい、ほぼ終わりましたよ。
あとは女の子の写真を入れたら完成です」
弘と美緒が仕事の話を始めた。
私は美咲に何気なく聞いた。
「写真、撮るんだって」
美咲は一瞬だけ驚いたように目を動かし、それから小さく頷いた。
「はい、好きで」
「何を撮るんだ?」
「いろいろですけど……」
少しだけ考える。
「人も、風景も」
言葉は控えめだったが、曖昧ではなかった。
「気になったものを、そのまま残したくて」
その一言に、少しだけ引っかかる。
「残す、か」
自然と、そう口にしていた。
美咲は小さく頷く。
「そのままの形で、忘れないように」
美咲はそう言って、小さく笑った。
無理に明るく振る舞っている感じはなかった。
私はコーヒーを一口飲み、美咲を見て言った。
「店の女の子、撮ってみるか」
弘が「おっ」と小さく反応した。
美咲は一瞬だけ言葉を探すように視線を落とす。
「……私でいいんですか?」
「やってみないと分からないだろ」
そう答えると、美咲はゆっくりと頷いた。
「やらせてください」
その言葉は小さかったが、はっきりしていた。
弘がどこか嬉しそうに笑っている。
美緒は隣で、何も言わずにそのやり取りを聞いていた。
その横顔は、さっきと変わらず穏やかだった。
外に出ると、空気はだいぶ冷えていた。
日が傾きかけている。
「ありがとうございました」
美咲が軽く頭を下げる。
「また連絡する」
それだけ伝えると、美咲はもう一度頷いた。
「それじゃ美咲ちゃんと事務所に戻りますね」
弘が言う。
「ああ」
短く返す。
美咲は一度こちらを見て、小さく頭を下げた。
その仕草が、なぜか少しだけ残った。
二人の背中が、人混みの中に紛れていく。
しばらくそのまま見ていた。
隣に気配を感じる。
美緒が、少しだけ近くに立っていた。
「……どうだった?」
静かに聞く。
「いいと思う」
そう答えると、美緒は小さく頷いた。
それ以上は何も言わなかった。
歩き出す。
藍色に染まり出した街のあちこちに、イルミネーションが灯り始めている。
行き交う人々は、皆寒そうに歩いている。
気づけば、いくつかのものが動き始めていた。


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