129話「新しい風」

その日の午後、早苗と里奈ちゃんは例の女性に会いに行った。

昼を少し過ぎた頃だった。

二人がどんな顔で帰ってくるのか、なんとなく気になっていた。

しばらくして、早苗から連絡が入る。

「どうだった?」

「うん、働いてもらうことに決めた」

迷いのない声だった。

「まだ一緒にいるから、詳しいことは帰ってから話すね」

「ああ、分かった。待ってる」

電話を切り、私はリビングを見渡した。

この空間に、早苗と里奈ちゃん。

そこに、新しく加わる一人。

どんな空気になるのか、まだ想像はつかなかった。

それから間もなく、ドアが開いた。

「ただいま」

早苗の声に続いて、里奈ちゃんの明るい声が重なる。

「直人くん、ケーキ買ってきたよー!」

里奈ちゃんが、箱を軽く掲げて見せる。

「コーヒー淹れてくるねー」

そう言って、そのままキッチンへ向かった。

私はソファーに腰を下ろし、早苗に目を向けた。

「どんな人だった?」

早苗はコートを脱ぎながら、小さく笑う。

「それがね、洋子の高校時代の先輩だったの」

「ああ、あの洋子ちゃんの」

「うん。それで帰りに一応、洋子に電話して確認してみたの」

早苗が隣に腰を下ろす。

洋子さんが言うには、その女性は男っぽい性格で、後輩の面倒見もよく慕われていたらしい。

いわゆる、姐さん肌。

一度信頼されると、簡単には揺るがないタイプだと。

「篠原綾さんっていうんだけど、最近までこの店で働いてたんだって」

そう言って、早苗は手帳を開いて見せた。

“ブルーローズ”

その名前は知っていた。

年配の男性が経営している、昔からある店だ。

「それでね、届出制とか面倒な制度になるなら店を閉めるって決めたみたいで」

早苗はページを指で押さえたまま続ける。

「急に閉めるって話になったから、そこで働いてた子たちは今みんな仕事探してるらしいの」

手帳を閉じて、こちらを見る。

「綾さんには花水木で働いてもらうことにしたんだけど、届出制と同時にオープンするって話したら、準備段階から手伝うって言ってくれて」

「明日、とりあえずここに来てもらうね」

「ああ、分かった。即戦力になりそうだな」

「うん。私の直感だけどね」

早苗は少しだけ間を置いて言った。

「綾さんで、流れが変わる気がする」

「はーい、お待たせー!」

里奈ちゃんが、コーヒーとケーキを乗せたトレーを運んできた。

「直人くんは、これね!」

私の前に、一番好きな苺のショートケーキが置かれる。

「いただきまーす」

二人の声が重なって、リビングに広がった。

カップに口をつけながら、私はその様子を眺める。

笑い声と、食器の触れ合う小さな音。

いつもと同じはずの時間の中に、

ほんの少しだけ、違う流れが混ざり始めていた。

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