その日の午後、早苗と里奈ちゃんは例の女性に会いに行った。
昼を少し過ぎた頃だった。
二人がどんな顔で帰ってくるのか、なんとなく気になっていた。
しばらくして、早苗から連絡が入る。
「どうだった?」
「うん、働いてもらうことに決めた」
迷いのない声だった。
「まだ一緒にいるから、詳しいことは帰ってから話すね」
「ああ、分かった。待ってる」
電話を切り、私はリビングを見渡した。
この空間に、早苗と里奈ちゃん。
そこに、新しく加わる一人。
どんな空気になるのか、まだ想像はつかなかった。
それから間もなく、ドアが開いた。
「ただいま」
早苗の声に続いて、里奈ちゃんの明るい声が重なる。
「直人くん、ケーキ買ってきたよー!」
里奈ちゃんが、箱を軽く掲げて見せる。
「コーヒー淹れてくるねー」
そう言って、そのままキッチンへ向かった。
私はソファーに腰を下ろし、早苗に目を向けた。
「どんな人だった?」
早苗はコートを脱ぎながら、小さく笑う。
「それがね、洋子の高校時代の先輩だったの」
「ああ、あの洋子ちゃんの」
「うん。それで帰りに一応、洋子に電話して確認してみたの」
早苗が隣に腰を下ろす。
洋子さんが言うには、その女性は男っぽい性格で、後輩の面倒見もよく慕われていたらしい。
いわゆる、姐さん肌。
一度信頼されると、簡単には揺るがないタイプだと。
「篠原綾さんっていうんだけど、最近までこの店で働いてたんだって」
そう言って、早苗は手帳を開いて見せた。
“ブルーローズ”
その名前は知っていた。
年配の男性が経営している、昔からある店だ。
「それでね、届出制とか面倒な制度になるなら店を閉めるって決めたみたいで」
早苗はページを指で押さえたまま続ける。
「急に閉めるって話になったから、そこで働いてた子たちは今みんな仕事探してるらしいの」
手帳を閉じて、こちらを見る。
「綾さんには花水木で働いてもらうことにしたんだけど、届出制と同時にオープンするって話したら、準備段階から手伝うって言ってくれて」
「明日、とりあえずここに来てもらうね」
「ああ、分かった。即戦力になりそうだな」
「うん。私の直感だけどね」
早苗は少しだけ間を置いて言った。
「綾さんで、流れが変わる気がする」
「はーい、お待たせー!」
里奈ちゃんが、コーヒーとケーキを乗せたトレーを運んできた。
「直人くんは、これね!」
私の前に、一番好きな苺のショートケーキが置かれる。
「いただきまーす」
二人の声が重なって、リビングに広がった。
カップに口をつけながら、私はその様子を眺める。
笑い声と、食器の触れ合う小さな音。
いつもと同じはずの時間の中に、
ほんの少しだけ、違う流れが混ざり始めていた。

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