128話「新しい流れ」

茉莉花の事務所に戻ると、静かだった。

リビングに入ると、もうすっかりと事務所としての雰囲気になっていた。

二十畳以上あるリビングの右側には、大きなテレビと黒いソファー、テーブル。

左側にはベージュのゆったりとしたソファーにローテーブル、本棚や雑誌ラックが置かれている。

私はその空間をひと通り見渡した。

そのとき、携帯が鳴った。

画面を見ると、水商売をしていた頃の先輩からだった。

「もしもし」

「おう直人か、お疲れ。

お前がやってる店、月下美人だったよな?」

「はい、そうですよ」

先輩の話によると、業界が届出制になる流れの中で、廃業する年配の経営者も出てきているらしい。

その店を回していた女性スタッフが、今、仕事を探しているという。

後輩が月下美人という店をやっていると話したところ、スタッフを募集していないか聞いてほしい、と言われたそうだ。

私はその女性の電話番号を聞き、通話を切った。

キッチンカウンターに腰を下ろし、渡された番号をメモに書き写す。

そのとき、二階からパタパタと階段を降りてくる足音がした。

ドアが開き、早苗が顔を出す。

「あっ、帰ってたの。おかえり!

話し声が聞こえたから、誰かと思った」

「ああ、起きてたのか?」

「うん、パソコンのセッティングしてたの。

ねぇ、コーヒー飲むでしょ?」

早苗はそう言うと、キッチンに向かい、手際よく準備を始めた。

「本当に事務所らしくなったよな」

カウンター越しに声をかける。

「でしょう? リサイクルショップとか家具のアウトレット回って揃えたんだよ。

新品で買うより、かなり安く済んだんだから」

早苗は得意げに笑った。

コポコポと湯の音がして、コーヒーの香りが広がっていく。

やがてカップがカウンターに置かれ、早苗はキッチンを回って隣に腰を下ろした。

わずかに肩が触れる。

私は先ほどの電話のことを話した。

「店を回してたスタッフなら、即戦力じゃない?」

「うん。月下美人で、って話だったけど、花水木の方で迎えようかと思ってる」

メモを差し出す。

「これが番号だ。

連絡して、話を聞いてきてくれないか」

「分かった。昼過ぎに連絡してみるね」

そう言って、早苗は時計に目をやった。

少ししてから、ふっと表情を緩める。

「ねぇ、久しぶりに“いつもの”作ったげようか?」

「ああ、久しぶりだな」

「すぐ作るから、待っててね!」

早苗は鼻歌まじりにキッチンへ向かった。

しばらくすると、ケチャップの焦げたいい匂いが漂ってくる。

そのとき、ドアが勢いよく開いた。

「早苗ー! お腹減った、私も食べる!」

里奈ちゃんがそう言いながら入ってきて、鼻をくんくんさせる。

「もう、里奈ったらハイエナみたい」

早苗が笑うと、里奈ちゃんもつられて笑った。

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