ある日の夜、弘から電話がかかってきた。
「兄貴、さっき店に電話があったんすけど」
弘にしては、少し真面目な声だった。
「誰からだ?」
「ラブステーションって店の人間だって名乗ってました」
その店の名前を聞いて、すぐに分かった。
この業界では、暴力団組員が直接経営している店のことを直営店と呼んでいる。
その店の名前は、直営店として以前から耳にしていた。
私は弘から番号を聞き、その相手に電話をかけた。
電話に出た男の声は低く、落ち着いた口調だった。
丁寧に話してはいるが、どこか圧を感じる喋り方だった。
「ご用件は?」
そう聞くと、男は一人の女の子の名前を出した。
「〇〇さん、そちらに在籍してますよね。
以前、うちの店にいた子なんですよ」
その子は、月下美人ではレギュラーで人気のある子だった。
私が「その子はうちにいますが、何か?」と聞くと、
「電話ではアレなんで、一度、会って話しましょう」と男は言った。
男の考えていることは予想できた。
以前その店に在籍していた女の子を取り戻したいという思い。
しかし、どこの誰が経営してるのか、暴力団が関わっているのか分からない為、探ろうとしていることだった。
弘から女の子の話を聞くと、その男は女の子が辞めたいと言ってもなかなか辞めさせず辞めた後も、しつこく電話があったとのことだった。
会って話するしかないと思った私は、日時を決め、駅前のファミレスで会うことになった。
電話を切った後も、胸の奥に少しざわつきが残った。
低い声で、落ち着いた口調。だけど確かな圧を感じる。
女の子を取り戻そうという思いと、誰が関わっているかを探ろうとする思惑。
電話越しでも、すべてが伝わってくるようだった。
その夜、私はしばらくリビングで考えた。
会うだけで、何が起きるかは分からない。
でも、逃げるわけにはいかない。
次の日、私は指定されたファミレスへ向かうことにした。
まだ会ったことのない男。
その向こうにある、微妙な空気と危険――
全てが、これから始まる一歩の先にあった。

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