125話「ここにあるもの」

玄関のドアを開けると、部屋の中から声が聞こえた。

まだ時間は早いはずだったが、早苗と里奈ちゃんの声が重なっている。

「それ、こっちに置いといて」

「うん、ここでいいんだよね?」

中に入ると、テーブルの上には書類と生活用品が混ざって置かれていた。

引っ越したばかりのはずなのに、想像していたより片付いていた。

「おかえりー!」

早苗がダンボール箱を抱えたまま笑顔で言う。

「もうやってるのか」

「だって早苗起こすの早いもん」

里奈ちゃんがほっぺを膨らませて言った。

「里奈は起こさないと昼過ぎまで寝てるでしょ」

早苗が腰に手をあてて言う。

「二階はほぼ終わったよ。ちょっと来て」

と早苗は私の手を引いた。

二人で階段を上がり、早苗と私の部屋に入ると、かすかに早苗の部屋の匂いがした。

そこにマンションで使っていたソファーやベッドなどが置かれていた。

「ウォークインクローゼットもついてるから、スッキリしていい感じでしょ」

クローゼットの扉を開けて言った。

「うん。ベッドの隣にソファーもあるしいい感じだな」

「あっ早苗、今日、茉莉花の固定電話を開設しておいてくれないか」

私は座り慣れたソファーに腰を下ろしながら言った。

「分かった、ちょっと携帯とってくるね」

早苗は階段をパタパタと下りて行った。

私は昨日決めた料金やシステムなどを書いたノートをバックから出し、もう一度確認していた。

すると、ちょうどそのタイミングで早苗が電話をしながら戻ってきた。

「はい。分かりました、その日にお願いします」

電話を切ると、紙を私に差し出した。

「電話番号はこれに決めたけどよかったよね?」

「うん、覚えやすくていいと思う。

早苗、ちょっとこれ見て」

私はノートを手渡した。

早苗はソファーに座り、ノートを開いた。

「料金とか決まったんだね…」

真剣な表情になり、ページを捲り始める。

早苗が一通り目を通したタイミングで言った。

「茉莉花と月下美人の後の花水木は、同じ料金設定でいこうと思ってるんだ。

姉妹店みたいなもんだから、店のカラーだけを変えようと考えてる」

「うん。いいと思う!ねぇ、ちょっとこれ見て」

早苗はバックから手帳を取り出し、開いて私に見せた。

手帳には“茉莉花”と書いてあり、その下にコンセプトなどが詳しく書かれていた。

「私ね、“キレイなお姉さん”、大人の女性をコンセプトにした店にしようと思ってるの。

求人も実年齢で三十代半ばから後半くらいまで募集かけてね」

少し間を置いて、思い出したように続けた。

「あっ、里奈が言ってたんだけど、地元で飲み屋やってる人がいて、風俗業界に顔が広いんだって。

その人に言えば何人かは紹介してもらえそうだけど…お金にすごくシビアなんだって」

早苗は少し眉をひそめて言った。

「それは会ってみる価値あるぞ。

お金で動く人間は、見合った金を払えば下手なことはしないから。

里奈ちゃんに繋いでもらって、弘に話だけでも聞きに行かせよう」

階段をドタドタと上がってくる音が聞こえ、ドアが勢いよく開いた。

「早苗!お腹減ったよー。もう動けない」

里奈ちゃんはそう言ってソファーに座り込んだ。

「それじゃ、引っ越しそばでも食べにいこうか!」

私が言うと、里奈ちゃんが「やったあー!」と言いながら私に抱きついた。

「コラっ里奈ー!」と早苗が里奈を引っ張る。

私はそんな二人のやり取りを見て、ふと美緒の顔が頭に浮かんだ。

それがどういう意味なのか、自分でもまだ分からなかった。

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