月下美人の営業は、少しずつだが確実に軌道に乗り始めていた。
事務所は新築マンションの4LDK。
広いリビングがあり、女の子たちは基本そこで待機している。
遠方から泊まりで出勤する子は、空いている部屋でそのまま寝泊まりすることもできた。
在籍の女の子も、いつの間にか十五人近くになっていた。
店の電話受付は弘が担当していた。
その携帯は、いつも弘が持っている。
電話が鳴れば弘が受け、送迎は大介が回る。
忙しい時は弘も車を出す。
大介が入ったことで、これまで断るしかなかった遠方の客にも派遣できるようになった。
女の子も少しずつ増えていった。
弘や大介が連れてくることもあれば、在籍している女の子が友達を紹介してくれることもある。
月下美人は、他の店とは少し違っていた。
当時のこの業界は、経営者も年配の人間が多く、女の子の待遇も決して良いとは言えなかった。
店の取り分が多く、待機するだけで金を取られるようなところも珍しくない。
この街のこの業界には暗黙のルールみたいなものがあった。
利用料金や女の子の取り分など、話し合わせたように統一されていた。
女の子の偏りや集客数に影響が出ないようにしている為だと思われた。
私はそういうやり方を変えたかった。
出る杭は打たれるで、敵をつくるかもしれないのは分かっている。
しかし、同じやり方をしても面白くもなく、入ってくるお金も他店とどんぐりの背比べだ。
危険があるかもしれないが、チャンスでもあると思い、月下美人だけのシステムをつくった。
ノルマはなし。
罰金もなし。
待機料も取らない。
送迎付きで、給与保証もつけた。
女の子の取り分も、できるだけ多くするようにしていた。
女の子たちには簡単なマニュアルも作っていた。
パソコンで作ったものをプリントしてラミネート加工し、リビングの棚に置いて、いつでも見られるようにしていた。
新しく入った子には、まずそれを読んでもらう。
内容は難しいものではない。
ホテルの部屋に入ったらお客さんの靴を揃える。
上着があればハンガーにかける。
ドアを開けた瞬間に利用時間を聞くのではなく、まずは笑顔で少し会話をする。
そんな、ちょっとした気遣いばかりだった。
月下美人の電話は、毎日のように鳴っていた。
予約で埋まり、夜の十二時前に受付を終える日も少なくない。
仕事が終わると、事務所のリビングに人が集まることも多かった。
レギュラーで出ている女の子と、弘と大介。
だいたい四、五人集まると、タコ焼き器を出してタコパが始まる。
鉄板を出して焼き物をすることもあった。
家が近いのに、「今日は泊まっていこうかな」と言って、そのまま部屋で寝ていく子もいる。
月下美人の事務所は、いつの間にかそんな場所になっていた。
女の子も客も、少しずつ増えていった。
月下美人はまだ小さな店だったが、
夜の街では少しずつ名前を聞くようになってきていた。
店は、静かに大きくなり始めていた。

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