62話「五百万の重さ」

早苗に話した日から、自分の中で何かが変わった気がしていた。

境界線の上を彷徨うのではなく、もう戻らない場所に足を置いた——そんな感覚だった。

早苗の「あなたについていく。あなたと一緒に生きていく」という言葉が、ずっと頭に残っている。

何かが劇的に変わったわけではない。

けれど、恋人という言葉だけでは足りない何かが、確かに生まれていた。

江崎さんに連絡を入れ、佐藤さんの件は私が任され、借用書も預かっていると伝えた。

都合のいいときに店に寄ってとのことだったので、今から伺いますと返した。

五百万の受け取り。

手にしたことのない金額だ。

店に近づくにつれ緊張が増し、鼓動が少しずつ速くなるのを感じた。

店に入ると、この前と同じようにブザーが鳴った。

今日は江崎さんが出てきて、前と同じ部屋に通された。

「金をおろしに行かせてるから、少し待ってな」

話していると、玄関のブザーが何度も鳴る。

気になって尋ねると、

「ああ、日掛の金貸しよ。うちの女の子たちが借りてるからね」

そう言って笑った。

「あんた金貸ししてるの? あんたがやってるなら、全部借り替えてやってもいいよ」

私が今の仕事のことを話すと、「同業者みたいなもんだ」と言い、

「助け合えることがあるかもしれないから、時々お茶でも飲みに寄りな」と言った。

襖が開き、この前の中年女性が入ってきた。

前回のような警戒心はなく、少しだけ微笑み、頭を下げた。

女性は分厚い封筒を江崎さんに渡し、部屋を出ていった。

「はい、確かめて」

ドン、と封筒がテーブルに置かれる。

内心は落ち着かなかったが、平静を装って封筒を開けた。

帯封の百万円が五つ。

初めて、金の重さを知った。

「……確かにあります」

借用書を渡すと、江崎さんは目を通し、封筒になおした。

「佐藤さんによろしく伝えとくれ」

玄関まで見送られたとき、

「近いうちに、またおいで。いつでもいるから」

そう言って笑い、手を振った。

「はい。必ず来ます」

頭を下げた。

車に乗り込み、深く息を吐く。

助手席には五百万の札束。

やり遂げた、という感覚があった。

だがそれが達成感なのか、別の何かなのか、まだ自分でも分からなかった。

ただ一つだけ分かったのは、

もう後戻りはできない、ということだった。

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