翌日、目を覚ますと隣に美緒の姿はなかった。
ベッドから出てリビングに行くと、窓から入る光が静かに部屋を照らしている。
ストーブの上のケトルから出る湯気と、湯の沸く音だけが広がっていた。
テーブルの上には、まだ整理しきれていないアクセサリーケースや書類が並んでいる。
これから動き出すものたちが、そこに静かに置かれているような感覚だった。
そのとき玄関のドアが開き、冷たい空気が流れ込む。
美緒がリビングに入ってきた。
「あっ、おはよう。起きたんだ」
美緒はコートを脱ぎながら言う。
「ああ、おはよう。どこか行ってたのか?」
私はソファーに腰を下ろしながら聞いた。
「うん、契約書と領収書のコピーしに行ってたの。
あっ、焼きたてのパン買ってきたから食べよ」
美緒は紙袋を軽く掲げて微笑む。
「コーヒー淹れるね」
そう言ってキッチンへ向かった。
私はテーブルの上に並んだアクセサリーや書類を眺めながら、頭の中を整理していく。
書類は揃っている。
アクセサリーも販売できる形になっている。
役割担当も決まった。
いつものコーヒーの香りが漂い、美緒がカップを持ってリビングへ戻ってきた。
カップを私に手渡し、そのまま隣に座る。
「もう準備は出来たな」
「うん。そうだね」
美緒が小さく頷く。
私はコーヒーを一口飲み、美緒を見て言った。
「リトに連絡するか」
テーブルの上にある携帯を手に取り、リトへ連絡を入れた。
アクセサリーの準備ができたこと。
英語が喋れる美緒が販売を担当すること。
そしてリトには、そのサポート役をしてほしいことを伝える。
リトは一瞬の間もなく、
「分かりました! タレントに話して、後で電話するヨ!」
と返してきた。
その軽さと速さに、少しだけ現実の動きを感じる。
私はその内容を美緒に伝えた。
美緒は一度だけ小さく頷き、すぐにテーブルへ視線を落とした。
そこから二人で、短く最終確認を始める。
美緒は実際にアクセサリーケースを開きながら、見せる順番を確認していた。
どのように見せるか。
値引きの額と支払い回数。
現金払いの場合の値引き額。
無理に売り込まないこと。
そして英語でのやり取りの流れ。
言葉は少なかったが、その一つひとつに重みがあった。
ただの準備ではなく、「現場に入るための確認」になっていた。
その流れの中で、私はひとつだけルールを決めた。
ローンで購入するタレントに関しては、在留資格カード(エイリアンカード)の写真を必ず撮ること。
支払いの管理と確認のためだった。
美緒はその内容を静かにメモしながら、短く答える。
「分かった。大丈夫」
その声には、揺れがなかった。
しばらくして、夕方前にリトから再び連絡が入った。
MAHALのタレントが、今日の仕事終わりにアクセサリーを見てみたいと言っているという。
思っていたよりも早い展開だった。
あとはリトからの連絡を待つだけだ。
やがて、リトのマンションへ向かう時間が近づくにつれて、部屋の空気が少しずつ変わっていく。
昨日の夜とは違う、静かな緊張だった。
美緒は一度だけ小さく息をついたあと、こちらを見た。
「いよいよだね」
私は短く頷く。
ここから先は、もう想像ではなく現実の領域だった。
そして私たちは、リトのマンションへ向かった。

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