約束の時間より三十分ほど早く、私たちはクラブ黒木の入っているビルの下に着いた。
「少し早かったかな」
そう言うと、リトが笑う。
「大丈夫ヨ。ママも店にいると思うヨ」
「じゃあ行ってみるか」
私たちはビルに入った。
夜とは違い、昼間の飲み屋街はまだ眠っているように静まり返っている。
エレベーターに乗り、五階のボタンを押すと美緒が周りを見回した。
「昼間って夜と全然違うね。なんか静か」
「確かにな」
やがてエレベーターが五階に到着した。
扉が開くと、音楽と賑やかな声が店の外まで響いてくる。
「おぉ……」
私は思わず声を漏らした。
恐る恐る扉を開けると、ママがカウンターの中から真剣な表情でステージを見つめていた。
その視線の先では、タレントたちが汗を流しながら練習している。
ママは私たちに気付くと、すぐに笑顔になった。
「いらっしゃい。もう少しで終わるから、座って待ってて」
そう言ってカウンターを指差す。
私は頭を下げると、美緒とリトと一緒に席に着いた。
「ママ、こちらがアクセサリー販売を担当している白石です」
すると美緒は立ち上がり、深々と頭を下げた。
「白石美緒と申します。本日はよろしくお願いいたします」
そう言って名刺を差し出す。
「ご丁寧にどうも。あと少しで終わるから待っててね」
ママは飲み物を出してくれると、再びステージの方へ向かった。
私と美緒は、初めて見る練習風景に思わず見入ってしまう。
ショータイムの華やかな衣装とは違い、タレントたちはTシャツにジャージ姿。
顔には笑顔はなく、みんな真剣そのものだった。
汗を流しながら踊る姿に、時折ダンスの先生らしき人の厳しい声が飛ぶ。
「違う!」
「もっと揃えて!」
「笑顔!」
リトがぽつりと呟いた。
「黒木の練習は厳しいネ」
「そうみたいだな」
しばらくすると練習が終わり、ミッシェルが笑顔で駆け寄ってきた。
「ナオト! 来たネ!」
「お疲れさま」
「練習するの見られるの恥ずかしいヨ」
少し照れたように笑う。
「そうか?」
「ウン。みんな汗いっぱいだしネ」
私は笑うと、美緒を紹介した。
「こっちがアクセサリー販売を担当してる白石さん」
「初めまして」
「よろしくネ!」
するとホールの方からママの声が飛んだ。
「直人くん、こっち来て。アクセサリー見せて」
その頃には、練習を終えたタレントたちも次々と集まり始めていた。
「リト!」
「ナオト!」
「待ってたヨ!」
ミッシェルの声につられるように、他のタレントたちも笑顔で集まってくる。
美緒がバッグを開いてアクセサリーを並べ始めると、
「かわいい!」
「キレイ!」
「これ好き!」
あちこちから楽しそうな声が上がった。
私は少し離れた場所から、その様子を眺めていた。
一通りアクセサリーを見終えたママが近付いてくる。
「直人くん、タレントの好きそうなのをよく揃えてるわね。みんな目をキラキラさせて見てるわよ」
「ありがとうございます」
私は小さなアクセサリーケースをカウンターに置いた。
「実は、こっちも見てもらいたくて」
ケースを開くと、ママが目を丸くした。
「あら、これ私用に用意してくれたの?」
「はい」
「嬉しいわ」
そう言ってママは楽しそうにアクセサリーを手に取った。
私はカウンターに腰掛ける。
そして、前から気になっていたことを何気なく口にした。
「そういえば、黒木のアパートを見せてもらった時から気になってたんですけど、MAHALの寮とは随分違いますよね。同じフィリピンタレントでも、店によって待遇も全然違うし」
ママはアクセサリーを手にしたまま、少し考え込むように視線を落とした。
やがて私を見る。
「それはね、この子たちが日本に来る仕組みみたいなものから話さないといけないわね」
「……」
「直人くん、興味あるの?」
私は真っ直ぐママを見た。
「はい」
するとママは笑みを浮かべた。
「ちょっと待ってね」
そう言ってホールの方へ顔を向ける。
「茂! ちょっとこっちに来て」
ママの声に、ホールの奥にいた男性がこちらを振り向いた。

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