226話「笑い声の絶えない場所」

「まずは、タレントが日本へ来るところから話した方が早いかな」

シゲさんはそう言ったが、私は販売しているリトを指しながら言った。

「その辺りは前にリトから大体の流れは聞いています」

「あぁ、そうか」

シゲさんは販売しているリトの方へ目を向けた。

「あれはMAHALのリトだろ?」

「知ってるんですか?」

「うん。うちのラ・カシーナにたまに来るんだよ。うちのバンドのメンバーと仲がいいみたいでな」

シゲさんは笑った。

「あのリトは、この街のフィリピン人なら大抵知ってるんじゃないかな」

「そうなんですか?」

「あぁ。タレントたちのお兄さんっていうか、お父さんみたいな存在で慕われてるみたいだからな」

そう言うと、シゲさんは再び私の方を見た。

「まぁ、リトから話を聞いてるなら話が早いな」

そしてコーヒーを一口飲む。

「実はな、タレントは現地で所属してるエージェントやプロモーターによって大きく変わるんだよ」

「変わる?」

「そう。悪質なエージェントやプロモーターに引っかかると大変だ」

シゲさんは少し表情を曇らせた。

「法外な金を請求されたり、所属してる所から簡単に移籍できなかったりな」

「そんなことがあるんですか?」

「あるよ」

シゲさんは静かに頷いた。

「俺もそんなタレントをたくさん見てきた。でもな、どうしてやることもできない場合がほとんどなんだ」

私は黙って続きを待った。

「だから俺は、どこにでもタレントを紹介するのをやめたんだ」

「えっ?」

「自分の目で確かめて、この店なら安心だなって思った所にしか紹介しないようにした」

「そうだったんですか」

「まぁ、プロモーターを仕事としてだけ見るなら、いいやり方じゃないかもしれないけどな」

シゲさんは苦笑した。

「そんなやり方をとやかく言う外野もいるよ」

そう言って再びコーヒーを口にする。

「でも、俺はそれでいいと思ってる」

「……」

「タレントたちはな、みんな夢を持って日本へ来るんだ」

シゲさんは店の奥へ目を向けた。

「だから、少しでも安心して働ける場所に行かせてやりたいんだよ」

私は何も言わなかった。

シゲさんの優しい笑顔の奥に、今までたくさんのタレントたちを見てきた人間の重みを感じていた。

「黒木ママは仕事には厳しいよ」

シゲさんは笑った。

「でも、本当にタレントたちのことを考えてる」

そして楽しそうに話すタレントたちを見ながら続けた。

「この街じゃ、俺の知ってる限り給与も待遇も一番だな」

「そこまでいいんですか?」

「あぁ」

シゲさんは自信ありげに頷く。

「だから俺も、自信持って『いい店だ』ってタレントたちに言えるんだ」

「……」

「それがフィリピンでの信用に繋がるしな」

私は美緒とリトの方を見る。

相変わらず二人の周りには笑い声が絶えない。

そして私も、シゲさんが言った言葉の意味が少し分かった気がした。

天国みたいな店もあれば、地獄みたいな店もある。

そして、きっとここは前者なんだろう。

私は温かいコーヒーを口に運びながら、楽しそうに笑う美緒とリトを眺めていた。

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