173話「美緒の英語」

インターホンを押すと、すぐにドアが開きリトの陽気な声に迎えられる。

「ハイ!ナオト、ミオ久しぶりネ!」

部屋の中は少し甘い香水とタバコの匂いが混ざっていた。

「リト久しぶり、今日はよろしくね」

私と美緒は部屋へ入り、テーブルの上にアクセサリーケースを置いた。

リトはケースの中を覗き込みながら、小さく笑う。

「オオ……イイネ!タレントの好きなゴールドがいっぱいあるネ」

そのまま三人で軽く流れを確認した。

値段設定。

ローン払いの説明。

支払いの確認方法。

在留資格カードの写真。

そして、無理に売り込まないこと。

美緒は静かに頷きながら、必要な書類をもう一度揃えていく。

その姿には、もう揺るぎはなかった。

しばらくしてリトが立ち上がる。

「じゃあ、行こうカ」

私たちはアクセサリーケースを持ち、タレントたちの部屋へ向かった。

部屋のドアを開けると、中には数人のタレントたちが集まっていた。

メイの姿もある。

「あっ!」

メイは美緒を見ると、すぐに笑顔になった。

「ヒサシブリ!」

「久しぶり」

美緒も自然に笑い返す。

その空気のおかげか、部屋の緊張は最初からあまりなかった。

私たちはテーブルの上にアクセサリーケースを広げる。

ネックレス。

ブレスレット。

リング。

ライトの下でアクセサリーが小さく光った瞬間――

「ワオ!」

「オオ〜!」

タレントたちの声が一気に上がる。

みんな目を輝かせながら、次々とアクセサリーを手に取っていく。

「コレ、カワイイ!」

「コッチモイイ!」

笑い声とタガログ語と英語が、狭い部屋の中で混ざり始める。

リトは少し後ろに下がりながら、タレントたちへタガログ語で説明を入れていた。

支払い方法。

ローンの内容。

月々の金額。

タレントたちは真剣に聞きながらも、表情は明るい。

その横で、美緒は飛んでくる質問へ流れるように答えていた。

「ディスカウントある?」

「あるよ」

「現金払いなら、もう少しディスカウントするよ」

「これはいくら?」

「こっちは――」

美緒はアクセサリーを手に取りながら、迷いなく英語で説明していく。

その姿は、普段部屋で見せる柔らかい空気とはまるで違っていた。

完全に仕事の顔だった。

あるタレントがネックレスを持ちながら聞く。

「写真撮ってイイ?お客さんに見せたい」

「大丈夫。でも取り置きするなら先に言ってね」

美緒は笑いながら返した。

「OK!」

タレントはすぐに携帯を取り出し、アクセサリーの写真を撮り始める。

部屋の空気は、思っていた以上に明るかった。

私は少し離れた場所から、その光景を静かに見ていた。

最初は様子を見ていたタレントたちも、手数料がかからないと分かると、一気に表情が変わる。

「ホント?」

「ローンOK?」

「手数料ナイ?」

リトがタガログ語で説明すると、みんな驚いたように笑った。

その反応を見ながら、美緒は契約内容をひとつずつ確認していく。

ローン払いを選ぶタレントがほとんどだった。

だが、中にはその場で現金を出すタレントもいた。

テーブルの上で現金が動き、契約書が並び、アクセサリーが手渡されていく。

部屋の中の熱気は、もう最初とは少し違っていた。

その光景を見ながら、私は静かに思った。

昨日までテーブルの上に置かれていただけのものが、今こうして金に変わっている。

そして同時に、人の流れも少しずつ変わり始めていた。

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