夜、茉莉花を出たあと、私はそのまま美緒のマンションへ向かった。
美緒のマンションに着くと、ドアがすぐに開いた。
「おかえり」
柔らかい声と、いつもの甘い香りに迎えられる。
「ただいま」
美緒は自然に背後に回り、コートを脱がしてくれる。
「ちょっと見せたいものがある」
そう言って中へ入った。
リビングに入ると、美緒はすぐにテーブルへ視線を向けた。
私は紙袋を置き、ジュエリーケースとジュエリーロールを取り出す。
開いた瞬間、美緒の表情が変わった。
「……すごいね」
指輪、ネックレス、ブレスレット。
ひとつひとつを手に取りながら、丁寧に見ていく。
「これ、全部仕入れたの?」
「そうだよ」
短く答えると、美緒は少しだけ息をのんだ。
「これなら、ちゃんとした仕事にできるね」
その言葉で、ただの仕入れだったものが、“仕事”として輪郭を持ち始めた気がした。
「あっ、契約書や領収書の社名はLINK CORPORATIONにしたよ」
美緒は書類を手に取りながら続ける。
「LINK CORPORATIONって名前もいいし、ちゃんとした会社ってイメージだと思う」
「うん。それでいこう」
そう答えると、美緒は小さく頷いた。
そこから、話は一気に現実へと進んだ。
タレントたちに販売する時の価格。
仕入れとの差額。
値引きの幅。
ローンの回数や金額。
美緒は淡々と、値札の価格と仕入れ値の数字をメモしながら整理していく。
その横で私は、少し別のことを考えていた。
日本語だけでは、すべてが伝わりきらない場面がある。
特に、微妙なニュアンスや、商売の空気感。
そこに少しだけ不安が残る。
そんなことを考えながら、目の前で作業をしている美緒の横顔を眺めていた。
あっ。美緒は英語が喋れる。
「なあ、美緒」
「なに?」
美緒が手を止めて私を見る。
「アクセサリーの販売、美緒がしてみないか?」
「えっ、私が?」
「そうだ。俺とかだと、タレントたちと仕事として直接やり取りするには、言葉の限界があるかもしれない」
「でも、リトがいるから……」
美緒は少し目を伏せた。
「リトの日本語は、日常会話なら問題ないと思う。でも、商売としてタレントとやり取りして、それを日本語にするのは別だと思うんだ」
美緒は少しだけ黙り込んでから、小さく聞き返した。
「私でいいの?」
「うん、美緒に任せたいんだ」
少し沈黙が流れる。
「うん。分かった」
美緒は嬉しそうに少し笑って頷いた。
その後、販売の仕方が形になっていった。
販売の現場の雰囲気づくり。
タレントとの距離。
そこは、リトが一番向いている。
営業として動く役割だ。
そう考えた瞬間、バラバラだったものが、ひとつの形として繋がった気がした。
美緒は契約と管理。
リトは現場と営業。
そして私は、流れを見て判断する側。
気づけば、それぞれの役割が自然に配置されていた。
「リトには、販売のとき最初は必ず同行してもらう形にしよう」
そう言うと、美緒はすぐに頷いた。
「リトがいると、女の子たちも安心すると思う」
会話が一段落すると、美緒は少しだけ表情を緩めた。
「この仕事、うまくいくと思う」
その言葉に、私は静かに頷いた。
ただの思いつきではなく、現実の輪郭になりつつある。
しばらくそのまま、細かい調整の話が続いたあと、話題が途切れた。
部屋に少しだけ静けさが戻る。
その静けさの中で、美緒がふと顔を上げた。
「……なんか、すごく幸せだよ」
小さな声だった。
私は思わず、美緒をそっと引き寄せ抱きしめた。
背中にまわした美緒の手に、力が入るのが伝わる。
そのまましばらく、何も言わず抱き合っていた。
気づけば夜は深くなっていた。

コメント