171話「幸せと言った夜」

夜、茉莉花を出たあと、私はそのまま美緒のマンションへ向かった。

美緒のマンションに着くと、ドアがすぐに開いた。

「おかえり」

柔らかい声と、いつもの甘い香りに迎えられる。

「ただいま」

美緒は自然に背後に回り、コートを脱がしてくれる。

「ちょっと見せたいものがある」

そう言って中へ入った。

リビングに入ると、美緒はすぐにテーブルへ視線を向けた。

私は紙袋を置き、ジュエリーケースとジュエリーロールを取り出す。

開いた瞬間、美緒の表情が変わった。

「……すごいね」

指輪、ネックレス、ブレスレット。

ひとつひとつを手に取りながら、丁寧に見ていく。

「これ、全部仕入れたの?」

「そうだよ」

短く答えると、美緒は少しだけ息をのんだ。

「これなら、ちゃんとした仕事にできるね」

その言葉で、ただの仕入れだったものが、“仕事”として輪郭を持ち始めた気がした。

「あっ、契約書や領収書の社名はLINK CORPORATIONにしたよ」

美緒は書類を手に取りながら続ける。

「LINK CORPORATIONって名前もいいし、ちゃんとした会社ってイメージだと思う」

「うん。それでいこう」

そう答えると、美緒は小さく頷いた。

そこから、話は一気に現実へと進んだ。

タレントたちに販売する時の価格。

仕入れとの差額。

値引きの幅。

ローンの回数や金額。

美緒は淡々と、値札の価格と仕入れ値の数字をメモしながら整理していく。

その横で私は、少し別のことを考えていた。

日本語だけでは、すべてが伝わりきらない場面がある。

特に、微妙なニュアンスや、商売の空気感。

そこに少しだけ不安が残る。

そんなことを考えながら、目の前で作業をしている美緒の横顔を眺めていた。

あっ。美緒は英語が喋れる。

「なあ、美緒」

「なに?」

美緒が手を止めて私を見る。

「アクセサリーの販売、美緒がしてみないか?」

「えっ、私が?」

「そうだ。俺とかだと、タレントたちと仕事として直接やり取りするには、言葉の限界があるかもしれない」

「でも、リトがいるから……」

美緒は少し目を伏せた。

「リトの日本語は、日常会話なら問題ないと思う。でも、商売としてタレントとやり取りして、それを日本語にするのは別だと思うんだ」

美緒は少しだけ黙り込んでから、小さく聞き返した。

「私でいいの?」

「うん、美緒に任せたいんだ」

少し沈黙が流れる。

「うん。分かった」

美緒は嬉しそうに少し笑って頷いた。

その後、販売の仕方が形になっていった。

販売の現場の雰囲気づくり。

タレントとの距離。

そこは、リトが一番向いている。

営業として動く役割だ。

そう考えた瞬間、バラバラだったものが、ひとつの形として繋がった気がした。

美緒は契約と管理。

リトは現場と営業。

そして私は、流れを見て判断する側。

気づけば、それぞれの役割が自然に配置されていた。

「リトには、販売のとき最初は必ず同行してもらう形にしよう」

そう言うと、美緒はすぐに頷いた。

「リトがいると、女の子たちも安心すると思う」

会話が一段落すると、美緒は少しだけ表情を緩めた。

「この仕事、うまくいくと思う」

その言葉に、私は静かに頷いた。

ただの思いつきではなく、現実の輪郭になりつつある。

しばらくそのまま、細かい調整の話が続いたあと、話題が途切れた。

部屋に少しだけ静けさが戻る。

その静けさの中で、美緒がふと顔を上げた。

「……なんか、すごく幸せだよ」

小さな声だった。

私は思わず、美緒をそっと引き寄せ抱きしめた。

背中にまわした美緒の手に、力が入るのが伝わる。

そのまましばらく、何も言わず抱き合っていた。

気づけば夜は深くなっていた。

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