リトの部屋に戻ると、さっきまでの空気とは少し違っていた。
さっき見たタレントたちの部屋の記憶だけが、まだ頭の中に残っている。
寒い部屋。
お風呂の椅子。
笑いながら食べていたチキン。
それなのに、今いる部屋は静かだった。
リトはコートを脱ぎながら、少しだけ間を置いて私を見た。
「ナオト、さっきの続きネ」
いつもの明るい声だったが、その奥に少しだけ別の温度が混ざっていた。
私は椅子に腰を下ろしながら頷いた。
「さっきの?」
リトは小さく息を吐いてから、ローテーブルの前に座った。
「タレントたちのことネ。あの子たち、働いてるけど毎月給料もらってないヨ」
少しだけ間があったあと、リトは続ける。
「毎月もらえるのは、指名とドリンクや同伴とかのバックだけネ」
「毎月、給料もらえない? バックだけ?」
私はリトを見る。
リトは頷いた。
「ウン、給料はフィリピンに帰るときにエアポートでまとめてもらうヨ。
VISAもあるし、帰るタイミングも決まってる」
さっき見た部屋の景色が、その言葉に重なっていく。
アウターを着たままの生活。
コイン式のエアコン。
それでも笑っていた彼女たち。
「VISAってどれくらい日本に居れるの?」
「半年、六ヶ月だけヨ。
私はシンガーのVISA、タレントはダンサーのVISAで日本来てるヨ」
リトは少しだけ前のめりになった。
「だからネ、考えたヨ」
私はコーラの缶を指で軽く押しながら、続きを待った。
「アクセサリー、ローンで渡すネ」
「ローン?」
リトは頷く。
「今すぐ全部払わなくていいヨ。少しずつでいいネ。帰るとき、空港でまとめて払うでもいい」
その言葉に、部屋の空気が少しだけ変わった気がした。
リトは続ける。
「タレントの給料のシステムはワタシ知ってるネ。いつ入るか。
お客さんからお金もらってるタレントもいる」
「そこまで分かってるのか」
思わずそう言った。
リトは小さく笑う。
「この街のフィリピン人、みんなどこかでつながってるヨ。ワタシも知り合い多いネ」
静かな部屋の中で、言葉だけが少しずつ積み重なっていく。
リトの言葉には、迷いがなかった。
この仕事の流れを、もう全部見えているようだった。
リトは最後に、静かに言った。
「ちゃんとやれば、いいビジネスになるネ」
その仕組みは、完全に理解できたわけじゃなかった。
ただ、さっき見た部屋の光景が頭から離れなかった。
笑いながらチキンを食べていた彼女たち。
寒い部屋の中で、それでも普通に過ごしていた時間。
その上に、この話はちゃんと繋がっている気がした。
「よし。リト、やってみるか」
気づけば、そう口にしていた。
リトは一瞬だけ目を上げ、それから小さく笑った。
「ナオトなら、そう言うと思ったヨ」

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