166話「寒い部屋の光」

リトの部屋に戻ると、さっきまでの空気とは少し違っていた。

さっき見たタレントたちの部屋の記憶だけが、まだ頭の中に残っている。

寒い部屋。

お風呂の椅子。

笑いながら食べていたチキン。

それなのに、今いる部屋は静かだった。

リトはコートを脱ぎながら、少しだけ間を置いて私を見た。

「ナオト、さっきの続きネ」

いつもの明るい声だったが、その奥に少しだけ別の温度が混ざっていた。

私は椅子に腰を下ろしながら頷いた。

「さっきの?」

リトは小さく息を吐いてから、ローテーブルの前に座った。

「タレントたちのことネ。あの子たち、働いてるけど毎月給料もらってないヨ」

少しだけ間があったあと、リトは続ける。

「毎月もらえるのは、指名とドリンクや同伴とかのバックだけネ」

「毎月、給料もらえない? バックだけ?」

私はリトを見る。

リトは頷いた。

「ウン、給料はフィリピンに帰るときにエアポートでまとめてもらうヨ。

VISAもあるし、帰るタイミングも決まってる」

さっき見た部屋の景色が、その言葉に重なっていく。

アウターを着たままの生活。

コイン式のエアコン。

それでも笑っていた彼女たち。

「VISAってどれくらい日本に居れるの?」

「半年、六ヶ月だけヨ。

私はシンガーのVISA、タレントはダンサーのVISAで日本来てるヨ」

リトは少しだけ前のめりになった。

「だからネ、考えたヨ」

私はコーラの缶を指で軽く押しながら、続きを待った。

「アクセサリー、ローンで渡すネ」

「ローン?」

リトは頷く。

「今すぐ全部払わなくていいヨ。少しずつでいいネ。帰るとき、空港でまとめて払うでもいい」

その言葉に、部屋の空気が少しだけ変わった気がした。

リトは続ける。

「タレントの給料のシステムはワタシ知ってるネ。いつ入るか。

お客さんからお金もらってるタレントもいる」

「そこまで分かってるのか」

思わずそう言った。

リトは小さく笑う。

「この街のフィリピン人、みんなどこかでつながってるヨ。ワタシも知り合い多いネ」

静かな部屋の中で、言葉だけが少しずつ積み重なっていく。

リトの言葉には、迷いがなかった。

この仕事の流れを、もう全部見えているようだった。

リトは最後に、静かに言った。

「ちゃんとやれば、いいビジネスになるネ」

その仕組みは、完全に理解できたわけじゃなかった。

ただ、さっき見た部屋の光景が頭から離れなかった。

笑いながらチキンを食べていた彼女たち。

寒い部屋の中で、それでも普通に過ごしていた時間。

その上に、この話はちゃんと繋がっている気がした。

「よし。リト、やってみるか」

気づけば、そう口にしていた。

リトは一瞬だけ目を上げ、それから小さく笑った。

「ナオトなら、そう言うと思ったヨ」

コメント