夕方前、茉莉花を出た。
正月の空気は少しずつ薄れていたが、街はまだ静かだった。
早苗に見送られ事務所を出て、車に乗り込んだ。
携帯を取り出し、リトに連絡する。
「もしもし、リト?」
電話はすぐに繋がった。
「ナオト、待ってたヨ!」
「今から行くけど、リトのマンションどこかな?」
「あー、えーとね。なんて言ったらいいかナ」
リトのもどかしさが、電話越しにも伝わる。
「あっ、〇〇町の信号のところにあるコンビニ分かるかナ?」
「ああ、そこの曲がり角にあるコンビニだろ」
「あっ!そうそう!ワタシも今から行きますネ!」
伝わった安堵感のある声だった。
コンビニに着くと、リトは入口付近に立っていた。
私を見つけると手を振りながら、小走りで車に駆け寄ってくる。
「ナオト!」
そう言いながらリトが右手を上げる。
私も手を上げ、「おお、リト!」とハイタッチした。
初めは慣れなかったハイタッチも、自然になってきたなと思った。
「リトのマンションはすぐ近く?」
ハンドルを切りながら聞く。
「はい、すぐ近くデス。そこの角から入ったところデス」
リトが指差しながら説明する。
「タレントたちも同じマンションに住んでるの?」
「ハイ、部屋は違うけど同じマンションデス」
「それじゃ、お土産買って行こうか」
リトはかなり遠慮していたが、お正月だしお年玉みたいなもんだと言って、ファストフード店に寄り、チキンやハンバーガーなどを買い込んだ。
「ナオトさん、やさしいネ。普通のお客さんこんなことしないヨ」
「お年玉だから、気にしないでいいよ」
そんな会話をしている間に、リトのマンションに着いた。
リトの部屋はシンプルで、ベッドに小さなテレビとテーブル、それにハンガーラックくらいしか置いてなかった。
「これタレントに持って行くから、ナオトさんも一緒に行こう」
リトはチキンやハンバーガーが入った袋を掲げた。
「えっ、俺も行くの?」
「ハイ!ナオトが行ったら喜ぶヨ!」
そう言って、リトは私を案内した。
エレベーターで上の階へ上がる。
ドアが開くと、そこはリトの部屋とは違う空気だった。
リトがドアをノックすると、中から声が返る。
「ハーイ!」
扉が開くと、MAHALと同じ甘い南国のような匂いが漂ってきた。
部屋には数人のタレントたちがいた。
六人、七人、あるいは八人。
3LDKの部屋に、生活を共有するようにして暮らしている。
みんな部屋の中でもアウターを着込んでいた。
ブランケットを羽織っている子もいる。
エアコンはコイン式で、使うたびにお金を入れる仕組みだと聞いた。
部屋の温度は、正直な冬だった。
一瞬、言葉が出なかった。
それでも、私に気づくと彼女たちは明るく笑った。
「ナオト!」
「ハッピーニューイヤー!」
奥の部屋からメイも出てきた。
「おー!ナオト!おめでとうデス!これに座って」
差し出されたのは、風呂場で使うあのプラスチックの小さな椅子だった。
「これは、ナオトからお土産だヨ」
リトがローテーブルの上に袋を置きながら言った。
「オー!ナオト、ありがとうネー!」
メイは大きな目をさらに大きくして喜び、みんなに声をかけていた。
気づけばみんな、お風呂の椅子に座りローテーブルを囲んでいた。
みんなスプーンとフォークを器用に使い、ワイワイ言いながらチキンを食べている。
私もお風呂の椅子に座り、出されたコーラを飲みながらタレントたちを眺めていた。
後ろからリトが小さな声で言った。
「ナオトに、普段のタレント見てほしかったネ」
その言葉で、ようやく理解した。
“隠れている現実”だった。
リトもローテーブルを囲み、ビール片手にチキンを食べながら陽気に笑っていた。
それにつられるように、タレントたちも笑う。
そんなリトやタレントたちを見ながら、私は寒い部屋の中に温かいものを感じていた。

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