恵美に連絡を入れると、自宅にいるとのことだった。
月に一度の売上報告に行くため、バッグに売上と書類を詰め、恵美のマンションへ向かった。
玄関のドアを開けると、男物の革靴が目に入った。
リビングの方から、恵美と男の話し声が聞こえる。
声をかけるか一瞬迷ったが、そのままリビングのドアを開けた。
ソファーには、男がひとり座っていた。
ちょうどその時、恵美がコーヒーをトレーに乗せてキッチンから出てくる。
「あら、ちょうどよかった。
あなたの話をしていたの。紹介するから、あなたも座りなさいよ」
男はゆっくりと立ち上がり、私に向き直った。
「高梨トレーディングの高梨です」
丁寧に頭を下げ、両手で名刺を差し出してくる。
名刺を受け取り、私も名刺を出して頭を下げた。
「LINK CORPORATIONの村上です」
「そんな固い挨拶はいいから、早く座りなさいよ」
恵美はそう言いながら、テーブルにコーヒーを置いた。
「ねぇ、高梨ちゃん。これいくらなの?」
恵美がひとつの指輪を手に取り、何気ない調子で聞く。
テーブルの上には、指輪やネックレス、ブレスレット、腕時計が隙間なく並べられていた。
私はその光景に一瞬圧倒されながら、ソファーに腰を下ろす。
高梨という男は、物腰が柔らかく、穏やかな笑みを浮かべていた。
落ち着いた色のチェックのジャケットにネクタイ。
金縁の丸眼鏡に、長く使い込まれているような金無垢の腕時計。
ふくよかな体型が、その柔らかさをより際立たせている。
「恵美さんから伺ったんですが、村上さん、若いのに金融屋さんをされてるんですね」
穏やかな口調だった。
「いや、まだ始めたばかりなもので」
そう答えると、高梨は小さく頷いた。
「これを機に、いいお付き合いが出来たらと思ってます」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
高梨は丁寧に笑った。
だが、その眼鏡の奥の目は、笑っていないように見えた。
——一瞬だけ、値踏みされているような気がした。
ふと、テーブルの上の腕時計に目が止まる。
四角い文字盤の、タグホイヤーのモナコだった。
以前から気になっていたモデルだった。
私の視線に気づいたのか、高梨が静かに口を開く。
「どうぞ、お試しになってください」
そう言って、自然な動作で時計を手に取り、私に差し出した。
腕につけてみると、不思議としっくりきた。
重さも、収まりも、違和感がない。
そのまま眺めていると、恵美が口を開いた。
「高梨ちゃん、この時計はいくらなの?」
高梨は一瞬だけ間を置いてから、金額を口にした。
定価の半額以下だった。
「これって新品ですよね?」
思わず聞いてしまう。
「はい。新品です。ケースや保証書も揃っていますので。
……色々と、ルートがありますから」
柔らかい口調のまま、言葉の最後だけが少しだけ残った。
「高梨ちゃん、その時計ももらうわ」
「ありがとうございます」
高梨は変わらない笑顔で答えた。
恵美は貴金属を数点と時計の代金を支払った。
高梨が帰ると、部屋に静けさが戻る。
恵美は時計の入った箱を手に取り、そのまま私の前に置いた。
「少し早いけど、私からのクリスマスプレゼント。
あなたに似合ってたわ、この時計」
その言葉に、私は一瞬だけ迷った。
受け取っていいものなのか、ほんのわずかに考える。
だが、その迷いを打ち消すように箱を手に取った。
「……ありがとう」
恵美は満足そうに微笑んだ。
恵美の話では、高梨とは長い付き合いで、信用できる人間だという。
持ってくる品も間違いなく、だいたい定価の半額から四割引きほどらしい。
そのあと、売上報告を済ませ、来年から施行される届出制の件、花水木のこと、そして茉莉花のことも話した。
恵美は「任せてるから」とだけ言い、特に口を挟むことはなかった。
冷めたコーヒーを口に運びながら、ふと考える。
さっきの男。
あの時計。
あの言葉。
——繋がってしまった気がした。
まだ形にはなっていない何かが、静かに動き始めている。
そんな感覚だけが、はっきりと残っていた。

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