エンジンをかけると、弘は嬉しそうにシートにもたれた。
「うわ、マジで助手席っすね。なんかあの頃に戻った感じしますね」
大げさに笑うが、その目は真っ直ぐ前を見ている。
昔と同じ場所。
けれど、これから走る道は、あの頃とは違う。
私は弘に車で待つように言い、面接に向かった。
面接は問題なく終わった。車に戻り、仕事の内容や今の状況を話す。
弘は口を挟まず、最後まで黙って聞いていた。
「兄貴、俺。兄貴の元で働きたいっす」
迷いのない顔だった。
「お前、本気で言ってるのか? 今までの世界とは違うんだぞ」
「わかってるっす! 俺、兄貴がいたら大丈夫っす」
「……お前なぁ」
呆れて笑うと、
「兄貴、OKなんすね! やったあー!」
弘はガッツポーズで笑った。
連絡先を交換して別れたあと、
あいつが座っていた助手席を見つめる。
まだ体温が残っている気がした。
俺はハンドルを握ったまま、しばらくエンジンをかけなかった。
弘はダメな男だ。
彼女を風俗で働かせ、その金で笑っている。
まともな人間なら、距離を取るべきだろう。
それでも、俺はあいつを切れなかった。
あいつが笑うと、昔と同じ空気になる。
何も持っていなかった頃、ただ並んでいただけの時間を思い出す。
理由なんて、うまく言葉にできない。
義理でも情でもない。
もっと曖昧で、もっと厄介なものだ。
危なっかしくて、お調子者だ。
それでも、放っておけない。
あの頃と同じ匂いを、弘はまだ持っている。

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