68話「放っておけない男」

エンジンをかけると、弘は嬉しそうにシートにもたれた。

「うわ、マジで助手席っすね。なんかあの頃に戻った感じしますね」

大げさに笑うが、その目は真っ直ぐ前を見ている。

昔と同じ場所。

けれど、これから走る道は、あの頃とは違う。

私は弘に車で待つように言い、面接に向かった。

面接は問題なく終わった。車に戻り、仕事の内容や今の状況を話す。

弘は口を挟まず、最後まで黙って聞いていた。

「兄貴、俺。兄貴の元で働きたいっす」

迷いのない顔だった。

「お前、本気で言ってるのか? 今までの世界とは違うんだぞ」

「わかってるっす! 俺、兄貴がいたら大丈夫っす」

「……お前なぁ」

呆れて笑うと、

「兄貴、OKなんすね! やったあー!」

弘はガッツポーズで笑った。

連絡先を交換して別れたあと、

あいつが座っていた助手席を見つめる。

まだ体温が残っている気がした。

俺はハンドルを握ったまま、しばらくエンジンをかけなかった。

弘はダメな男だ。

彼女を風俗で働かせ、その金で笑っている。

まともな人間なら、距離を取るべきだろう。

それでも、俺はあいつを切れなかった。

あいつが笑うと、昔と同じ空気になる。

何も持っていなかった頃、ただ並んでいただけの時間を思い出す。

理由なんて、うまく言葉にできない。

義理でも情でもない。

もっと曖昧で、もっと厄介なものだ。

危なっかしくて、お調子者だ。

それでも、放っておけない。

あの頃と同じ匂いを、弘はまだ持っている。

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