69話「報せ」

「弘君、遅いね」

「何やってんだ、あいつは」

今日は早苗と弘の顔合わせも兼ねての食事会の日だ。

弘に何が食べたいと聞いたら、久しぶりに肉食べたいと言うのでちょっと奮発して焼肉にした。

店内は、店員の威勢のいい声や客の笑い声で賑わっている。

早苗が「あれ弘君じゃない?」と店の入り口でキョロキョロしている弘を見て言った。

私が手を挙げると、弘が気づいて駆けてきた。

「お前、遅いよ」

弘はいつものデニムとスニーカーじゃなく、派手なシャツにジャケット。

靴は革靴で、ぱっと見チンピラ風な出立ちだ。

「すいません、出掛けにコレとやり合っちゃって」と頭を掻きながら小指を立て苦笑いする。

早苗を見て、姿勢を正すと

「あっ、早苗姐さん。初めまして弘と言います。兄貴にはお世話になってます」と頭を下げた。

「えっ、姐さん。」

早苗は呆気に取られた顔をしていた。

「いいから早く座れ」

失礼します、と弘は席につきながら鼻で空気を吸い込み

「わぁ、俺、焼肉久しぶりっす!」とはしゃいだ。

「お肉は適当に注文してるけど、食べたいものがあったら遠慮なく言ってね」

「姐さん、あーざす。ご飯大盛りいいっすか!」

早苗は手を叩いて笑った。

肉の焼けるいい音。

立ちこめる煙のいい匂い。

弘はがっついて食べる。

にこやかに見る早苗、せっせと肉を焼き私と弘の取り皿に入れる。

「姐さん、これめっちゃ美味いっすよ」

ご飯と肉を口いっぱいに頬張り、モゴモゴしながら喋る。

「その姐さんって呼ぶのやめて、恥ずかしいよ」

と早苗が網の上の肉を返しながら照れくさそうに言う。

「だって兄貴の彼女さんなんだから、自分には姐さんっすよ」

弘の中で早苗は姐さんというのはもう決定のようだった。

「あっ、兄貴仕事のことなんすけど、自分あの業界は結構長く関わってるんで、女の子の知り合いも多いし、他の店の人間とも付き合いあるんで任せて下さいよ」

誇らしげに言う。

「弘君、すごいね、顔広いんだ」

「いやぁ、そんなことないっすよ姐さん」

「あっ、また姐さんって言ったね」

弘と早苗は笑っている。

その時、私の電話が鳴った。

知らない番号だ。

早苗が、ふと私を見る。

弘は気づかず、網の上の肉をひっくり返している。

私はそのまま電話に出た。

「……はい」

「水田由美と申します」

その名前に、胸の奥がわずかに揺れた。

陣さんの手紙に書いてあった名前だ。

「本日、主人が刑務所へ移監されました。

 ご報告までにと思いまして」

淡々とした声だった。

「……わかりました。ご連絡ありがとうございます」

それだけ言って電話を切った。

店内の喧騒が、急に遠く感じた。

「兄貴?どうしたんすか」

弘が無邪気に聞く。

早苗は何も言わず、静かに私を見ていた。

陣さんが、塀の向こうに入った。

それだけのことだ。

それだけのことなのに、

胸の奥で、何かが静かに沈んだ。

網の上で、肉が焦げる匂いがした。

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