63話「軽かったあの頃」

マンションに戻ると、早苗がキッチンからひょこっと顔を出した。

「おかえりー、早かったね。コーヒー淹れるね」

私はソファーに腰を下ろした。

そして、封筒をテーブルに置いた。

「これ」

早苗は近づいてきて、封筒を見た瞬間に目を丸くする。

「え、ちょっと待って。え、ほんとに?」

帯封をそっと指で押して、

「うわ、重っ。ねえこれ落としたら怒られるよね?いや怒られるどころじゃないか」

くすくす笑いながらも、封筒から手を離す。

そして、少しだけ私を見る目が変わる。

「……よかった。何もなくて」

安堵した眼差しで私を見た。

「心配ないよ。ちゃんと帰ってくるから大丈夫」

そう言って、早苗の頭を撫でた。

「うんうん。分かってる。でもさ、ちゃんと帰ってくる人って、ちゃんと帰ってくる顔してるんだよ」

そう言って、またいつもの調子で笑った。

早苗を店に送り、佐藤さん宅に向かった。

助手席にある五百万が気になり、どこにも寄らず車を走らせた。

玄関を開け声をかけると「上がって」と返ってきたのでリビングに行くと、佐藤さんは椅子に座りビールを飲みながらテレビを観ていた。

私に座るように手で椅子を指差す。私は席につき、封筒が入った紙袋をテーブルに置き、今日の江崎さんとのことを話した。

黙って聞いていた佐藤さんが言った。

「あの婆さん、よくすんなり払ったな。昔は一筋縄じゃいかないくらい元気よかったんだがな」

そう言って、コップのビールを飲み干した。

佐藤さんはテレビを消し、私に向き直る。

ジッと私の目を見た。

その世界の人特有の、値踏みするような鋭い目だ。

「これから、どうやって食べていくの? なにかシノギはあるのか? どこか組織に入るつもりなのか?」

そう言いながら煙草に火をつける。

「あれだったら、わしの下で働かないか?」

私は恵美さんとの仕事のことを説明した。

「そうか。それじゃ困ったことがあればいつでも来るといい」

そう言って、佐藤さんは紙袋を手に取る。

封筒から金を取り出し、帯封を破り、数え始めた。

そして五十万を私の前に置いた。

「取り分だ」

「えっ、こんなにいいんですか?」

「ちょっと遅くなったが、放免祝いも兼ねてのお礼だ」

そう言って笑った。

帰りの車中で、佐藤さんから言われたことを考えた。

組織に入る。

そんなことは全く考えもしなかった。

ただ漠然と、「組織」という言葉だけが頭に残った。

あの頃の私は、何もかもを軽く考えていた。

金も、人も、自分の立ち位置も。

ただ目の前にあることだけを、後先考えず前に進んでいた。

いま思えば、すべてが軽かった。

その軽さが、どれほど重いものになるかも知らずに。

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