翌日の午前、水田由美に電話をかけた。
数回の呼び出し音のあと、すぐに繋がる。
「はい、水田です」
落ち着いた声だった。
抑揚は少なく、余計な感情もない。
面会に乗せて行く日程の話を切り出すと、彼女は社交辞令なのか「ご迷惑になりますので」と一度は断った。
だが、陣さんから頼まれていると伝えると、
「では、◯月◯日の午前、◯◯駅でお願いします。はっきりした時間は、後日連絡させていただきますので」
と、淀みなく答えた。
刑務所の最寄り駅や面会の段取りを説明する前から、すべて理解しているような口ぶりだった。
「何か分からないことがあれば……」
そう付け加えると、
「大丈夫です」
短く、それだけ返ってきた。
その声は、初めて面会に向かう人間のものには聞こえなかった。
電話を切ったあと、しばらく電話を見つめる。
妙な違和感が残る。
だが、それが何なのかははっきりしない。
テーブルの上に置いた携帯電話が震えた。
画面には、弘の名前が表示されている。
待ち合わせ場所へ向かった。
車を停め、街中を歩いていると、いきなり後ろから腕を掴まれた。
反射的に振り向く。
「村上直人だな」
ニヤリと笑う顔。あの刑事だ。
「真面目にやってるのか? お前、弁当持ってるんだからな。ヘタなことするなよ」
刑事特有の、見透かしたような目だった。
「……何のことですか」
曖昧に笑うと、刑事は肩を軽く叩いた。
「気を付けろよ」
冗談なのか、本気なのか分からないまま、彼は去っていった。
弘と合流し、店で足りない備品を買い揃え、事務所へ向かう。
部屋に入った途端、弘は目を輝かせた。
「兄貴、めちゃくちゃキレイなマンションじゃないっすか! 場所もいいし、女の子も集まりますよ!」
窓際まで駆け寄り、
「眺めも最高っすよ。自分、住みたいっす」
と笑う。
一週間後には新聞広告も出る。
いよいよ店が動き始める。
当初は一人で始めるつもりだった。
だが、今は弘がいる。
お調子者だが、隣にいるだけで少し心強い。
窓の外の街を見下ろす。
期待も、不安もある。
それでも足は止まらない。
それが、村上直人の新しい一歩だった。

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