翌日の午後。
私は茉莉花の二階で早苗と他愛ない話をしながら、コーヒーを飲んでいた。
テーブルの上にある携帯電話が震える。
リトだった。
「もしもし?」
「あっ、ナオト?」
いつもの陽気な声が聞こえる。
「今日仕事休みなんだヨ」
「そうなんだ」
「せっかくだし、クラブ黒木に行ってみない?」
昨日の電話の話だ。
「ミッシェルには連絡した?」
「ウン! ミッシェルに聞いたら大丈夫だってサ」
リトは笑う。
「ママもいるらしいヨ」
「分かった、それじゃ行こうか。後で連絡するよ」
「じゃあ、連絡待ってるネ」
電話を切り、美緒へメッセージを送る。
夕方からリトと会い、クラブ黒木へ行ってくること。
しばらくすると返信が来た。
『私は花水木行ったり、パソコン作業があるから大丈夫だよ』
私は携帯をポケットにしまい、早苗にリトとクラブ黒木へ行ってくると伝え茉莉花を出た。
夕方過ぎ、リトに今から迎えに行くと連絡を入れ、私はマンションへ車を走らせた。
マンションに着くと、リトはいつものようにエントランスで待っていた。
助手席に乗り込んだリトが言う。
「私もクラブ黒木行くの初めてなんだヨ」
「そうなのか?」
「ウン」
リトは頷く。
「でも有名だヨ」
私はハンドルを切り車を走らせる。
「タレントのレベルはこの街で一番だと思うヨ」
「へえ」
「サラリーも一番高いんじゃないかナ」
リトは続ける。
「人数も多いしネ」
「レベルが高い店なんだな」
「そうだヨ」
リトは窓の外を見ながら笑った。
「フィリピンクラブで知らない人はいないと思うネ」
しばらくして目的のビルへ到着した。
店は五階にあった。
エレベーターを降りると目の前には、
【クラブ黒木】
と書かれた看板があった。
「ここか」
「そうだネ」
リトと顔を見合わせる。
そして扉を開けた。
店内へ入った瞬間、私は少し驚いた。
MAHALとは雰囲気が違う。
どちらかと言えば高級クラブに近い。
照明は落ち着いていて、内装にも品がある。
騒がしい感じはない。
タレントたちも洗練された印象だった。
フィリピンクラブ特有の賑やかさよりも、大人の落ち着きを感じる。
「すごいな」
私が呟くと、
「だよネ」
リトも店内を見回していた。
「あっ、ナオト!」
声が聞こえた。
見るとミッシェルだった。
笑顔でこちらへ駆け寄ってくる。
「来てくれたんダ!」
「久しぶり」
「こっち来て」
ミッシェルは嬉しそうに私たちをボックス席へ案内した。
軽く近況を話していると、一人の女性が近付いてきた。
「初めまして」
落ち着いた声だった。
黒のパンツスーツ。
派手さはない。
だが自然と目を引く。
年齢は恵美と同じくらいだろうか。
柔らかな笑顔を浮かべている。
しかしその目には鋭さがあった。
仕事のできる人の目だ。
「クラブ黒木の黒木です」
差し出された名刺を受け取る。
私も名刺を渡した。
「直人です」
ママは名刺に目を落とした。
そして少し驚いたように顔を上げる。
「金融業なの?」
「はい」
「若いのにすごいわね」
私は苦笑した。
しばらく話をしていると、ママが微笑んだ。
「ミッシェルから色々聞いてるのよ」
私は隣を見る。
ミッシェルが照れくさそうに笑った。
「普通なら難しいのよ」
私は黙って話を聞いた。
「タレントの住まいに部外者を入れるのは、やっぱり心配だからね」
「そうですよね」
ママは小さく頷いた。
「でも、この子が随分熱心に話すのよ」
そう言ってミッシェルを見る。
「ママ~」
ミッシェルが恥ずかしそうに笑った。
「だから会ってみたかったの」
ママはグラスを置き、私に視線を戻した。
「直人君なら大丈夫そうね」
私は首を傾げる。
「え?」
ママは穏やかに微笑んだ。
「タレントのアパートに販売に行ってもいいわよ」
私は思わず言葉を失った。

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