携帯電話が震える。
表示されていた名前を見ると、リトだった。
私は通話ボタンを押した。
「もしもし?」
「あっ、ナオト? 今大丈夫?」
いつもの陽気な声だった。
「大丈夫だけど」
「良かった。ちょっと話があるんだよネ」
私はソファーにもたれたまま答える。
「どうしたの?」
「この前、空港で会ったミッシェル覚えてる?」
「ああ、覚えてるよ」
クラブ黒木のタレントだ。
「さっき、ミッシェルから連絡があったんだヨ」
「へえ」
「ナオトのアクセサリー販売の話を店のママにしたらしいんダ」
私は少し驚いた。
「ママに?」
「うん。そしたら興味を持ったみたいでサ」
リトは楽しそうに続ける。
「一度会ってみたいって言ってるらしいヨ」
「私に?」
「そう」
私は思わず眉を上げた。
そしてコーヒーに手を伸ばす。
「何でまた」
「そこまでは分からないヨ」
リトは笑う。
「ただ、ミッシェルが結構気に入ってたみたいだからネ」
私は苦笑した。
空港では少し話した程度だ。
気に入られるようなことをした覚えもない。
「それでさ」
リトが少し声の調子を変える。
「タレントのアパートでアクセサリー販売できないかって話もしたらしいヨ」
私は思わず眉をひそめた。
「いきなりそれは無理だろ」
「だよネ」
リトもすぐに同意した。
タレントが住むアパートやマンションは、どこの店も部外者の出入りに厳しい。
MAHALグループで販売できたのも、リトがスタッフとして関わっていたからだ。
全く事情が違う。
「私もそう思ったんだよネ」
リトは続ける。
「だからまずは会ってみたいんじゃないかナ」
「なるほどな」
それなら話は分かる。
いきなり部外者を住まいへ入れる訳にはいかないだろう。
「どうする?」
私は少し考えた。
断る理由はない。
むしろ興味があった。
「一度話を聞いてみるか」
「だよネ!」
リトの声が弾む。
「じゃあ今度クラブ黒木に行こう」
「分かった」
「日にちは後で連絡するヨ」
「うん、分かった」
電話が切り、携帯電話をテーブルへ置いた。
「何の話?」
アップルパイを食べながら早苗が聞いた。
「クラブ黒木って店のママに会うことになりそうだ」
「クラブ黒木?」
早苗が少し目を丸くする。
「知ってるのか?」
「知ってるよ」
早苗は頷いた。
「私、茉莉花の前はラウンジで働いてたんだから」
それもそうか。
「有名なのか?」
「有名だよ」
早苗は迷いなく答えた。
「あそこのママ、やり手って評判だもん」
私はコーヒーを一口飲む。
やり手のママか。
「じゃあ緊張するな」
私がそう言うと、
「大丈夫だって」
早苗は笑った。
「向こうから会いたいって言ってるんだから」
確かにそうだ。
私は小さく笑う。
空港でリトとミッシェルが再会したことから、思わぬ方向に話が進んでいく。
だが――。
クラブ黒木のママ……どんな人なのか。
私は残っていたアップルパイを口に運びながら、ぼんやりとそんなことを考えていた。

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