197話「出発ロビー」

朝、目を覚ますと隣には美緒がいた。

まだ少し眠そうな顔で私を見ている。

「……おはよ」

「おはよう」

私は体を起こし時計を見る。

今日は帰国するタレントたちの見送りと集金の日だった。

美緒もゆっくりと起き上がる。

「準備しなきゃね」

「そうだな」

支度を終え、部屋を出る前。

美緒が小さな紙袋を持っていることに気付いた。

「それ何?」

「秘密」

美緒が少し笑う。

私は首を傾げながらマンションを出た。

今から行くと連絡を入れ、リトのマンションへ向かう。

今日は三人で空港へ向かう約束をしていた。

マンションに着くと、リトはエントランスで待っていた。

私の車を見ると、大きく手を振りながら駆け寄ってくる。

「ナオト!ミオ!オハヨ!」

いつもの陽気な笑顔だった。

「おはよう」

リトは後部座席へ乗り込む。

「よし、行くか」

私は高速道路へ向かって車を走らせた。

朝の道路は思っていたより車が多い。

車内ではリトがずっと喋っていた。

「空港はいっぱいタレントいるヨ」

「そんなに?」

「ウン。帰る子も来る子もいるカラ」

リトが笑う。

空港に着き、駐車場へ車を停める。

周囲にはワゴンタイプの車が何台も停まっていた。

タレントやスタッフたちが、大きなトランクを次々と下ろしている。

二階の出発ロビーへ入ると、私は少し驚いた。

フィリピン人のタレントたちが沢山いた。

大きなスーツケース。

カート。

飛び交う色々な言葉。

人が絶えず行き交っている。

「すごいな……」

思わず声が漏れた。

「他の街の子も沢山いるみたいだね」

美緒が言った。

三人で少し歩く。

すると。

「あっ!ミオー!」

手を振る女の子たちが見えた。

MAHALのタレントたちだった。

三人とも大きなカートを押している。

カップ麺。

チョコレート。

お菓子。

カートの上には大量のお土産が積まれていた。

「すごい量だな」

私が言う。

「フィリピン帰るとき、ミンナいっぱい買うヨ」

リトが笑った。

少し話していると、美緒が持っていた紙袋を差し出した。

「はい」

「エッ?」

女の子たちが驚いた顔をする。

「少しだけだけど」

美緒が少し照れながら言った。

中には小さなお菓子や雑貨が入っていた。

「アリガト!」

「ミオ、ヤサシイ!」

嬉しそうに笑う三人。

私は少し驚いていた。

そんなものまで準備していたなんて知らなかった。

そのあと仕事が始まる。

二人のタレントは空港でもらった給料で残金を払った。

もう一人は見送りに来ていた指名客が代わりに支払う。

美緒は領収書を書き。

書類を確認し。

一つずつ丁寧に進めていく。

私は少し離れたベンチへ座った。

リトも隣へ座る。

「美緒すごいな」

私が言う。

「ミオ頑張ってるヨ」

リトが笑った。

少し前までは、こんな姿を想像していなかった。

美緒はもう、この仕事の柱になっている。

笑顔でタレントたちとやり取りしている美緒をぼんやり見ていると。

「リト!」

突然、大きな声が聞こえた。

振り向く。

フィリピン人の女の子がこちらへ駆け寄ってきた。

リトも笑顔になる。

「オー!ミッシェル!久しぶりネ!」

二人は親しそうに話し始めた。

私は少しその様子を見ていた。

今まで会ったタレントとは少し違う。

洋服の着こなし。

身につけているもの。

漂う雰囲気。

どこか洗練されて見えた。

話している途中。

何度かこちらへ視線を向けてくる。

少し気になった。

「ナオト」

リトが私を見る。

「コッチ来て!」

私はベンチから立ち上がる。

女の子は私を見ると軽く頭を下げた。

近くで見ると、やっぱり雰囲気が違った。

派手じゃない。

けれど立ち姿や身につけている物の一つ一つに、どこか余裕があった。

「ミッシェルだヨ」

リトが紹介する。

「初めまして」

私は軽く頭を下げた。

ミッシェルも少し笑う。

「ハジメマシテ」

軽く握手を交わす。

「ナオトはアクセサリービジネスしてるヨ」

リトが言った。

ミッシェルは少し驚いた顔をする。

「ソウナノ?」

「まぁ、そんな感じ」

私は少し笑った。

ミッシェルは少し考えるような顔をした。

それから。

「アクセサリー、少し興味アル」

そう言って笑う。

「ヨカッタラ、マタ会イタイ」

私は少し驚いた。

「アッ、ミッシェルはクラブ黒木の子ネ」

リトが言った。

「クラブ黒木?」

「ウン。私たちの街で一番高い店ヨ」

私はもう一度ミッシェルを見る。

確かに。

そう言われると少し納得した。

その時。

「終わったよー!」

振り向く。

美緒がこちらへ手を振っていた。

「もう、搭乗時間だって」

私は頷く。

「じゃあ見送るか」

リトも立ち上がった。

「ジャアネ!」

ミッシェルが手を振る。

私は軽く会釈した。

歩きながら。

もう一度だけ後ろを見る。

ミッシェルはまだこちらを見ていた。

空港のロビーを見渡す。

見送る人。

帰る人。

新しく来る人。

そして。

新しく出会う人。

私は少しだけ、これから先が気になっていた。

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