196話「束の間の時間」

「よし、これでとりあえず終わったね」

早苗が目頭を押さえながら言う。

「うん、すごく良くなったな」

私はパソコンの画面を覗き込み言った。

茉莉花と花水木の届出を終えてから数日。

届出してから新たに始めたホームページも少しずつ改善した。

あれだけ慌ただしかった時間もだいぶ落ち着いた。

やることが無くなった訳じゃない。

むしろ、やることはまだ沢山ある。

ただ、ようやく少しだけ息をつけるようになった。

夕方、私は車を走らせ美緒のマンションへ向かっていた。

インターホンを押すと、すぐ扉が開く。

「おかえり」

美緒の笑顔と甘く落ち着く匂いに迎えられる。

「ただいま」

部屋へ入ると、美緒が私の顔を見ながら少し眉を下げた。

「……寝てないんじゃない?」

「なんで?」

「だって顔疲れてる」

私は少し笑った。

「少しバタバタしてただけ」

美緒は少し心配そうな顔をする。

「ずっと茉莉花で仕事だったの?」

「うん、そうだな」

完全に嘘ではない。

けれど、全部話すこともできない。

美緒は小さく頷いた。

「じゃあ今日はゆっくりして」

私はソファへ腰を下ろす。

美緒も隣へ座った。

肩が触れ、自然と寄りかかってくる。

「届出のあと、ずっと忙しかったもんね」

「ああ」

「少し安心した」

美緒が小さく笑う。

私はその横顔を見ながら少し笑った。

しばらく何も話さない。

けれど、そんな時間が心地良かった。

少しして、美緒がテーブルの上に置いていた手帳を開いた。

「あっ、そうだ」

「ん?」

美緒が手帳を見ながら言う。

「明後日ね。MAHALの子が三人フィリピン帰る日なんだ」

「あっ、近々帰国するタレントいたな。今週だったか」

「空港でアクセサリー残金の集金あるし」

美緒がページを指差す。

「だから行かなきゃ」

私は携帯を取り出しリトへ連絡を入れる。

「リト、今大丈夫?」

「オー、ナオト大丈夫ヨ!電話しようと思ってたヨ」

リトはすぐに電話に出た。

「帰るタレントたちの件なんだけど」

「アー、新しい子来る日ネ!」

「入れ替わりなんだな」

「ダカラ私も空港行くヨ!」

「そっか。じゃあ一緒に行こうか」

「ウン!ナオトと一緒に行きたいヨ!」

「分かった、それじゃ明後日マンションに迎えに行くから」

私はリトと約束して電話を切った。

「リトも一緒に行くって」

「じゃあ三人だね」

美緒が笑った。

「空港で仕事とか初めてだな」

「そうだね」

手帳を閉じる美緒。

少し前まで。

目の前のことだけで精一杯だった。

けれど今は。

明後日の予定を考える余裕くらいはできた。

私はソファへ深く座った。

明後日か。

また少し忙しくなりそうだった。

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