195話「ただいま」

ホテルを出て茉莉花へ戻る頃には、外はすっかり深夜の顔になっていた。

二人で階段を上がり部屋へ入る。

ストーブの暖かさ。

見慣れた部屋。

早苗がコートを脱ぎながら小さく笑う。

「なんか落ち着くね」

「ああ」

私は携帯を取り出し美緒に短くメールを送る。

『今日は茉莉花で少し仕事があるから遅くなる』

すぐ返信が来た。

私は携帯をしまった。

早苗が聞く。

「メール?」

「ああ、ちょっと連絡」

それだけ答えた。

早苗もそれ以上は聞かなかった。

ベッドへ腰掛け、しばらく何も話さなかった。

早苗は隣に座り、自然に肩へ寄りかかる。

「久しぶりに楽しかったね」

「ああ」

見慣れた部屋に、寝慣れたベッド。

そして、いつもの場所。

それなのに少しだけ新鮮だった。

早苗は立ち上がりクローゼットを開ける。

「はい、これに着替えて」

早苗のマンションに住んでいた頃からいつも着ていた部屋着だ。

袖を通し着替えると、早苗のいい匂いがした。

私が脱いだジャケットをハンガーにかけ、洋服をたたみ、早苗は部屋着に着替えはじめた。

私はその様子を眺めていると、早苗が笑う。

「見過ぎだよ」

「ごめん」

二人で少し笑った。

電気を消すと、間接照明の淡い光が部屋を照らす。

布団へ入ると、早苗が自然に抱きついてきた。

いつもの感覚。

少しだけ久しぶりの感覚。

気付けばそのまま眠っていた。

朝、目を覚ますと隣には早苗がいる。

まだ少し眠そうな顔。

私に気付くと小さく笑う。

「……おはよう」

「おはよう」

早苗が布団の中で私に抱きつき、胸に顔をうずめる。

「まだ少しこうしてたい」

私は少し笑った。

「ああ」

しばらくそのまま過ごす。

何もしない時間。

それが妙に心地良かった。

少ししてベッドを出る。

着替えを済ませ二人で一階へ下りた。

まだ店が始まる前。

静かなリビング。

早苗がコーヒーを入れる。

私はソファーに腰を下ろし、コーヒーを淹れる早苗をぼんやりと眺めていた。

早苗がカップを手渡し、ソファーへ座りながら言った。

「なんか今日……久しぶりにすごく眠い」

「うん、俺も。昨日久しぶりに出かけたからな」

二人で顔を見合わせて笑う。

そんな話をしていると階段を下りる音。

里奈ちゃんが寝ぼけた顔で現れた。

「あれ……二人とも早い」

私たちを見て、少し黙る。

それからニヤッと笑った。

「昨日二人でどこ行ってたの?」

早苗が少し困った顔をする。

「ちょっとご飯に行っただけよ」

「ふーん」

里奈ちゃんが笑いながらソファーへ座る。

コーヒーを渡すと嬉しそうに受け取った。

三人で座る。

自然と話は仕事のことになった。

これからの店のこと。

女の子のこと。

やることはまだ沢山ある。

けれど、少し前より。

こんな時間が少しだけ心地良かった。

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