189話「ここから」

私は茉莉花で早苗が帰ってくるのを待っていた。

時間が過ぎる。

外は少しずつ暗くなり始めていた。

階段を上がる足音が聞こえる。

振り向くと、早苗だった。

「ただいま」

そう言いながら少し笑っている。

私は立ち上がった。

「お疲れ」

早苗がバッグから封筒を取り出す。

「これ」

そう言って差し出した。

私は受け取る。

許可証。

何度も確認した名前。

何度も準備したもの。

それが今、目の前にあった。

「本当に出来たね」

早苗が隣でそう言った。

「ああ」

少しだけ笑う。

早苗がソファーへ座った。

「なんか変な感じ」

「変?」

「ずっと準備してたからかな」

そう言って笑う。

私も隣へ座った。

「ここからだな」

そう言うと、早苗は静かに頷いた。

「うん。ここからだね」

少し話す。

これからのこと。やること。不安や期待。

気付けば外は暗くなっていた。

「月下美人に……いや」

少し笑う。

「もう花水木だな」

「花水木に行ってくる」

私はそう言って茉莉花を出た。

車を走らせ、美緒のマンションへ向かう。

インターホンを押すと、すぐに扉が開いた。

美緒が立っていた。

「おかえり」

そう言いながら嬉しそうに笑う。

部屋へ入ると、美緒がすぐテーブルへ向かった。

「見て」

そう言って許可証を持ってくる。

少しだけ得意そうだった。

私は受け取る。

花水木。

その文字を見る。

「ちゃんと出来たな」

そう言うと、美緒が小さく笑った。

「うん」

美緒が許可証をテーブルへ戻す。

「嬉しい?」

そう聞く。

美緒は少し考えた。

「すごく嬉しい」

そう言って笑う。

「届出制になるのずっと待ってたから」

少し沈黙が流れる。

それから美緒が続けた。

「本当に出来ると思ってなかった」

私はソファーへ座る。

美緒も隣へ来た。

「頑張ったからだろ」

そう言う。

美緒が小さく首を振った。

「一人じゃ無理だったよ」

少し寄り掛かってくる。

「ありがとう」

そう小さく言った。

しばらくそのまま座っていた。

テレビもついていない。

静かな部屋。

けれど嫌じゃなかった。

美緒が立ち上がる。

「お風呂入ろっか」

私は頷いた。

「ちょっと待っててね。お湯ためてくるから」

しばらくして浴室から美緒が呼ぶ。

「いいよー」

浴室へ行くと、いつものように電気は消え、ドアの向こうにキャンドルの灯りが揺れている。

湯船に浸かる。

今日はいつもより静かだった。

美緒が少し笑う。

「なんか安心した」

「終わったから?」

「うん」

少し間が空く。

「あとね」

「ん?」

美緒がこちらを見る。

「一緒だから」

そう言って笑った。

風呂を出ると、自然と美緒が身体を軽く拭いてくれる。

部屋へ戻り、髪をドライヤーで乾かしてもらう。

「はい、終わったよ」

その言葉が合図のようにベッドへ入る。

電気を消した。

隣で美緒が近付く。

「ねぇ」

「ん?」

「今日ね」

少し間が空く。

「すごく幸せ」

そう言った。

私は少し笑った。

「そうか」

美緒が肩へ頭を乗せる。

「ずっと……こうしていたいな」

「ああ」

花水木。

茉莉花。

今日、二つは動き始めた。

そして私たちは、まだその余韻の中にいた。

外では雪が降っている。

けれど。

この部屋だけは暖かかった。

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