朝、目を覚ますと外は雪がちらついていた。
隣を見ると、美緒はもう起きていた。
テーブルには書類が並んでいる。
「最終確認?」
そう聞くと、美緒が振り向いた。
「うん。なんか緊張してきた」
少し笑う。
昨日、あれだけ確認したはずなのに、また確認している。
それだけ今日が大事ということだ。
私はソファーに座り、書類をもう一度見る。
記入漏れ。必要書類。問題はない。
「大丈夫だろ」
そう言うと、美緒が小さく息をついた。
「だよね」
警察署への届出は最初に美緒が行くことになっていた。
これまで何度も警察へ確認に行き、流れを把握していたのも美緒だったからだ。
だから今日の主役は美緒だった。
支度を終え、玄関へ向かう。
「じゃあ行ってくる」
「ああ」
美緒が靴を履き、それから少しこちらを見る。
「終わったら連絡するね」
「うん。気をつけてな」
私は頷いた。
玄関の扉が閉まる。
部屋が少し静かになった。
時計を見る。まだ午前中だった。
落ち着かずコーヒーを飲む。
携帯を見る。
また時計を見る。
そんなことを何度か繰り返した頃、携帯が鳴った。
美緒からメールが届いた。
『終わったよ』
すぐに電話を掛ける。
「終わったか」
「うん」
少し安心したような声だった。
「ちゃんと許可証もらえたよ」
「お疲れ」
少し沈黙が流れる。
それから美緒が小さく笑った。
「花水木、出来たよ」
その言葉を聞いて、少しだけ力が抜けた。
美緒が決めた名前。
二人で考え決めたこと。
美緒が調べて作ったもの。
それが今日、形になった。
電話を切り、私は車に乗って茉莉花へ向かった。
茉莉花へ着くと、早苗はもう準備を終えていた。
「どうだった?」
早苗が少し不安そうに聞く。
「終わった。問題ない」
早苗が少し安心したように笑う。
私は美緒から聞いた流れを説明した。
必要なこと。
確認すること。
段取り。
早苗は真剣な顔で聞いていた。
説明を終える。
「大丈夫そう?」
そう聞くと、早苗は頷いた。
「たぶんね」
そう言いながら少し笑う。
「じゃ行ってくる」
「ああ」
早苗が店を出る。
私は二階の窓から、その姿を眺めていた。
ひとりになった静かな部屋。
“私がやる”と言ったときの早苗の顔が浮かぶ。
あれから早苗が茉莉花という名前を決め、今まで準備に動き回っていた。
けれど、もう準備は終わった。
あとは正式に始まるだけだった。
時間が過ぎる。
昼を過ぎる。
携帯を見る回数が増える。
そして、しばらく経った頃。
携帯が鳴った。
早苗だった。
「終わったよ」
開口一番そう言った。
「問題なかったか?」
「うん。普通に終わった」
安心したように笑っているのが分かった。
「これで正式だね」
「ああ」
電話を切り、私はソファーにもたれ息をつく。
気付けば肩に力が入っていた。
花水木。
茉莉花。
まだ始まったばかりだった。
けれど今日。
二つとも正式に生まれた。
美緒の手には花水木の許可証。
早苗の手には茉莉花の許可証。
二人とも。
自分の名前で。
そして今日。
花水木と茉莉花は、正式に動き始めた。

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