焼肉屋の扉を開けた瞬間、熱気と煙の匂いが一気に身体へまとわりついた。
「兄貴、お疲れっす!」
先に来ていた弘が、大きく手を上げる。
店の奥では、すでに何人かの女の子たちが笑いながら席についていた。
年末特有の浮ついた空気。
普段より少しだけ大きい声。
どのテーブルからも笑い声が聞こえてくる。
「あっ、ボスお疲れさまです」
大介もジョッキを片手に笑っている。
「遅かったですね」
「まだ始まったばっかだろ」
そう返しながら席へ向かうと、美咲が美緒を見て嬉しそうに笑った。
「美緒ちゃん、こっち座ろー」
「あっ、うん」
美緒は小さく笑いながら、美咲の隣へ座る。
その様子を見ながら、自分も弘の向かいへ腰を下ろした。
網の上では、すでに肉が焼かれている。
ジュッという音と一緒に、香ばしい匂いが広がった。
「今年も終わりっすねぇ……」
弘がしみじみした顔で肉をひっくり返す。
網から立ち上る煙が、照明の下で白く揺れていた。
「まだ、明日の大晦日があるだろ」
「でも年末って、なんか特別じゃないっすか」
そう言いながら、弘は早速ハイボールを飲み干していた。
その横で、大介が笑う。
「弘さん、飲みたいだけでしょ」
「バカ、違うぞ!」
そんなやり取りを聞きながら、ふと視線を横へ向ける。
美緒が、美咲たちと静かに話していた。
少し前までなら、こういう場ではどこか距離を取っていた気がする。
けれど今日は違った。
店の女の子たちの輪の中にいても、どこか自然だった。
その空気を見ていると、自然と肩の力が抜けていく。
「兄貴?」
弘の声で視線を戻す。
「何ぼーっとしてるんすか」
「別に」
そう返すと、弘がニヤッと笑った。
「なんか今日、機嫌良さそうっすね」
その言葉に、思わず苦笑が漏れる。
「お前まで同じこと言うのか」
「え、他にも言われたんすか?」
「……気のせいだろ」
そう言いながらグラスを手に取る。
けれど、自分でも少し分かっていた。
今年の冬は、何か少し違っていた。
「はい、美緒ちゃんこれ」
美咲が焼き上がった肉を取り皿へ乗せる。
「あ、ありがとう」
そのやり取りを見ながら、大介が笑う。
「美咲さん、完全に世話焼きモードですね」
「だって美緒ちゃん、遠慮するから」
「そんなことないよ」
小さく笑う美緒の横顔を見ながら、網の上の肉をひっくり返す。
煙がゆっくり上へ流れていく。
店内は相変わらず騒がしかった。
隣の席ではサラリーマンたちが大声で笑い、奥では店員が忙しそうに動いている。
年末独特の熱気。
街全体が少し浮ついているみたいだった。
「しかし今年は色々あったすよねぇ」
弘がハイボールを片手にしみじみと言う。
「そうだな、お前と再会したしな」
「はい!それが一番良かったすよ!」
弘は嬉しそうに笑った。
「でも今年は濃かったっすよ。ほんと」
大介も笑いながら頷いた。
「まぁ、それは確かですね」
弘は酔いが回ってきたのか、いつもより饒舌だった。
店の話。
女の子たちの話。
今年あったトラブル。
笑い話みたいに話しているが、思い返せば本当に慌ただしい一年だった気がする。
「でも、月下美人かなり変わりましたよね」
美咲がぽつりと言った。
「変わった?」
弘が聞き返す。
「なんか前より空気いい感じする」
「あー、それ分かります」
大介も頷く。
「前より店が柔らかくなった感じ」
その言葉に、思わず苦笑する。
「お前ら、店の空気とか分かるのかよ」
「分かりますって」
弘が笑いながらグラスを置いた。
「だって兄貴、前よりちょっと丸くなりましたもん」
「それはない」
即座に返すと、周囲から笑いが漏れる。
その時、不意に隣から小さな声。
美緒は少しだけ考えるように視線を落としてから、小さく笑った。
「……少しは、なったかもですね」
視線を向けると、美緒はどこか楽しそうに笑っている。
その顔を見た瞬間、周囲の笑い声とは別に、胸の奥が少しだけ静かになる。
「ほら、美緒ちゃんも言ってるじゃないっすか」
弘がすぐに食いつく。
「最近の兄貴、なんか雰囲気違いますもん」
「そうか?」
「前より人の話ちゃんと聞くし」
「それ前は聞いてなかったみたいだな」
「いや、怖かったっす」
「おい」
また笑いが広がる。
そんな空気の中、弘が新しいハイボールを頼みながら、急にニヤッとした。
「……で、このあとどうします?」
「どうするって?」
「まだ終わるには早くないっすか?」
その顔を見た瞬間、なんとなく察する。
「お前、もう決まってるだろ」
「いやぁ〜、せっかく年末っすから」
弘は笑いながら身を乗り出した。
「二次会、MAHAL行きません?」

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