157話「笑い声の中で」

焼肉屋の扉を開けた瞬間、熱気と煙の匂いが一気に身体へまとわりついた。

「兄貴、お疲れっす!」

先に来ていた弘が、大きく手を上げる。

店の奥では、すでに何人かの女の子たちが笑いながら席についていた。

年末特有の浮ついた空気。

普段より少しだけ大きい声。

どのテーブルからも笑い声が聞こえてくる。

「あっ、ボスお疲れさまです」

大介もジョッキを片手に笑っている。

「遅かったですね」

「まだ始まったばっかだろ」

そう返しながら席へ向かうと、美咲が美緒を見て嬉しそうに笑った。

「美緒ちゃん、こっち座ろー」

「あっ、うん」

美緒は小さく笑いながら、美咲の隣へ座る。

その様子を見ながら、自分も弘の向かいへ腰を下ろした。

網の上では、すでに肉が焼かれている。

ジュッという音と一緒に、香ばしい匂いが広がった。

「今年も終わりっすねぇ……」

弘がしみじみした顔で肉をひっくり返す。

網から立ち上る煙が、照明の下で白く揺れていた。

「まだ、明日の大晦日があるだろ」

「でも年末って、なんか特別じゃないっすか」

そう言いながら、弘は早速ハイボールを飲み干していた。

その横で、大介が笑う。

「弘さん、飲みたいだけでしょ」

「バカ、違うぞ!」

そんなやり取りを聞きながら、ふと視線を横へ向ける。

美緒が、美咲たちと静かに話していた。

少し前までなら、こういう場ではどこか距離を取っていた気がする。

けれど今日は違った。

店の女の子たちの輪の中にいても、どこか自然だった。

その空気を見ていると、自然と肩の力が抜けていく。

「兄貴?」

弘の声で視線を戻す。

「何ぼーっとしてるんすか」

「別に」

そう返すと、弘がニヤッと笑った。

「なんか今日、機嫌良さそうっすね」

その言葉に、思わず苦笑が漏れる。

「お前まで同じこと言うのか」

「え、他にも言われたんすか?」

「……気のせいだろ」

そう言いながらグラスを手に取る。

けれど、自分でも少し分かっていた。

今年の冬は、何か少し違っていた。

「はい、美緒ちゃんこれ」

美咲が焼き上がった肉を取り皿へ乗せる。

「あ、ありがとう」

そのやり取りを見ながら、大介が笑う。

「美咲さん、完全に世話焼きモードですね」

「だって美緒ちゃん、遠慮するから」

「そんなことないよ」

小さく笑う美緒の横顔を見ながら、網の上の肉をひっくり返す。

煙がゆっくり上へ流れていく。

店内は相変わらず騒がしかった。

隣の席ではサラリーマンたちが大声で笑い、奥では店員が忙しそうに動いている。

年末独特の熱気。

街全体が少し浮ついているみたいだった。

「しかし今年は色々あったすよねぇ」

弘がハイボールを片手にしみじみと言う。

「そうだな、お前と再会したしな」

「はい!それが一番良かったすよ!」

弘は嬉しそうに笑った。

「でも今年は濃かったっすよ。ほんと」

大介も笑いながら頷いた。

「まぁ、それは確かですね」

弘は酔いが回ってきたのか、いつもより饒舌だった。

店の話。

女の子たちの話。

今年あったトラブル。

笑い話みたいに話しているが、思い返せば本当に慌ただしい一年だった気がする。

「でも、月下美人かなり変わりましたよね」

美咲がぽつりと言った。

「変わった?」

弘が聞き返す。

「なんか前より空気いい感じする」

「あー、それ分かります」

大介も頷く。

「前より店が柔らかくなった感じ」

その言葉に、思わず苦笑する。

「お前ら、店の空気とか分かるのかよ」

「分かりますって」

弘が笑いながらグラスを置いた。

「だって兄貴、前よりちょっと丸くなりましたもん」

「それはない」

即座に返すと、周囲から笑いが漏れる。

その時、不意に隣から小さな声。

美緒は少しだけ考えるように視線を落としてから、小さく笑った。

「……少しは、なったかもですね」

視線を向けると、美緒はどこか楽しそうに笑っている。

その顔を見た瞬間、周囲の笑い声とは別に、胸の奥が少しだけ静かになる。

「ほら、美緒ちゃんも言ってるじゃないっすか」

弘がすぐに食いつく。

「最近の兄貴、なんか雰囲気違いますもん」

「そうか?」

「前より人の話ちゃんと聞くし」

「それ前は聞いてなかったみたいだな」

「いや、怖かったっす」

「おい」

また笑いが広がる。

そんな空気の中、弘が新しいハイボールを頼みながら、急にニヤッとした。

「……で、このあとどうします?」

「どうするって?」

「まだ終わるには早くないっすか?」

その顔を見た瞬間、なんとなく察する。

「お前、もう決まってるだろ」

「いやぁ〜、せっかく年末っすから」

弘は笑いながら身を乗り出した。

「二次会、MAHAL行きません?」

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