219話「辞めない理由」

アクセサリーを眺めながら話しているうちに、ミッシェルがカフェオレを淹れてくれた。

私とリトはダイニングテーブルに座り、湯気の立つカップを手に取る。

「ありがとう」

「どういたしましテ」

ミッシェルは笑顔で答えた。

私は一口飲んだ。

苦味の中にほんのり甘さがあって飲みやすい。

「美味しいな」

「ほんとニ?」

ミッシェルは嬉しそうに笑った。

その横でリトが改めて部屋を見回す。

「しかし、いいアパートだネ」

ダイニングテーブル。

エアコン。

綺麗な家具。

どれを見ても快適そうだ。

「私もちょっと驚いたよ」

そう言うとリトが頷く。

「MAHALの寮とは全然違うネ」

ミッシェルは不思議そうな顔をした。

「そうなノ?」

「ウン」

リトは苦笑する。

「ここはかなり恵まれてる方だと思うヨ」

ミッシェルは少し考えるような顔をしたが、すぐに肩をすくめた。

どうやら本人にとっては当たり前の環境らしい。

リトはコーヒーを一口飲むと、ふと思い出したように聞いた。

「そういえば黒木ってノルマどれくらいあるノ?」

「ノルマ?」

ミッシェルは首を傾げる。

「同伴とかドリンクとかネ」

するとミッシェルはあっさり答えた。

「ないヨ」

「え?」

リトが思わず聞き返した。

「ないの?」

「ウン」

ミッシェルは頷く。

「黒木はノルマないヨ」

私はリトと顔を見合わせた。

リトも少し驚いている。

「それは珍しいネ」

「そう?」

ミッシェルは当然のように言った。

「ママは仕事には厳しいヨ」

そして少し真面目な表情になる。

「でもちゃんと頑張ってるタレントには優しいネ」

私は黙って続きを聞いた。

「給料も上げてくれるし、困ったことあったら話も聞いてくれるヨ」

「へぇ」

リトは感心したように頷く。

「ちゃんとタレントのこと考えてるんだネ」

「ウン」

ミッシェルは笑った。

「ママいい人だヨ」

リトは腕を組みながら少し考える。

そして納得したように頷いた。

「だからみんな長く働くんだネ」

「そうだヨ」

ミッシェルは嬉しそうに笑った。

「黒木はアルバイトもたくさんいるネ」

「アルバイト?」

私は聞き返した。

「ウン」

ミッシェルは頷く。

「お客さんと恋人になって結婚して、日本に来た人もいるヨ」

「へぇ」

「でもママ好きだから、今もアルバイトで働いてるネ」

私は思わず感心した。

タレントではなくアルバイトになっても、黒木を選び店に残るというのは、それだけ居心地が良いのだろう。

「それはすごいな」

私が言うとミッシェルは笑った。

「みんな仲良いヨ」

そして窓の外を指差す。

「屋上もあるネ」

「屋上?」

「ウン」

ミッシェルは頷いた。

「たまにアルバイトの子も来て、みんなでバーベキューするヨ」

「楽しそうだな」

「楽しいヨ」

ミッシェルは即答した。

その表情を見れば本当なのが分かる。

私はコーヒーを飲みながら部屋を見回した。

広いアパート。

充実した設備。

仲の良いタレントたち。

そして面倒見の良いママ。

今日だけでも黒木という店の印象はずいぶん変わった気がする。

「だからネ」

ミッシェルが笑顔で言った。

「みんな黒木辞めないヨ」

私は小さく頷いた。

その理由が、少し分かった気がした。

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