220話「歌う理由」

私はカフェオレを一口飲んだ。

そしてふと思ったことを口にする。

「ミッシェルは最初から黒木だったのか?」

ミッシェルは少し考えるように天井を見上げた。

「最初からじゃないヨ」

そう言って笑う。

「フィリピンではバンドしてたネ」

「バンド?」

私は聞き返した。

「ウン」

ミッシェルは頷く。

「私、ボーカルだったヨ」

「へぇ」

「ライブハウスで歌ってたネ」

ミッシェルは懐かしそうに話を続ける。

「そしたら黒木のプロモーター来たヨ」

「スカウトされたのか」

「ウン」

ミッシェルは頷いた。

そこで私は気になったことを聞く。

「家族は?」

ミッシェルの表情が少し柔らかくなった。

「フィリピンにいるヨ」

そして少し照れたように笑う。

「子供もいるネ」

私は思わず目を丸くした。

「え?」

隣で聞いていたリトも驚いた顔をする。

「ミッシェル、子供いたノ?」

「ウン」

ミッシェルはあっさり頷いた。

「妹たちが面倒見てくれてるヨ」

「そうだったのか」

私は小さく頷く。

ミッシェルはいつも明るく振る舞っている。

だが、日本で働く理由は楽しさだけではないのだろう。

「休みの日は電話するネ」

そう言った時の笑顔は、どこか優しかった。

しばらくしてリトが尋ねる。

「それで日本に来たノ?」

「ウン」

ミッシェルは頷く。

「でも最初はバンドだったヨ」

「ホント?」

リトが嬉しそうに身を乗り出した。

「私も最初はバンドで日本来たヨ!」

「ホント?」

ミッシェルが目を丸くする。

「ホントだヨ!」

そう言うとリトはギターを弾く真似をした。

「私はベースだったネ」

「へぇ」

私は感心する。

ミッシェルも驚いたように笑った。

「知らなかったヨ」

「だから今はシンガーのVISAで来てるヨ」

リトは笑う。

「だからミッシェルと同じネ」

「同じだネ!」

二人は顔を見合わせて笑った。

そして次の瞬間。

「でもバンドはサラリー安いヨネ」

「安いネ!」

二人は同時に言った。

私は思わず吹き出した。

どうやらそこは共通認識らしい。

「そんなに安いのか?」

私が聞くと、リトとミッシェルは同時に頷いた。

「安いヨ」

「安いネ」

また声が揃う。

二人は顔を見合わせて笑った。

「バンドは楽しいけど大変だヨ」

リトが言う。

「思ったより全然お金も残らないネ」

「分かるヨ」

ミッシェルも大きく頷いた。

「バンドは人数多いからネ」

「そうそう」

リトが指を差す。

「給料も分けるネ」

「練習あるから寝る時間ないネ」

二人は次々と言葉を重ねる。

まるで昔の苦労話大会だ。

私は苦笑した。

「ずいぶん大変だったんだな」

「大変だったヨ」

ミッシェルは笑う。

だが、その表情はどこか懐かしそうだった。

「でも歌うの好きだったネ」

そう言ってカップを手に取る。

「今も好きヨ」

私は少し頷いた。

それは何となく分かる気がした。

ミッシェルは楽しそうに歌う。

きっと歌うこと自体が好きなのだろう。

「だからシンガーになったのか」

「ウン」

ミッシェルは笑顔で頷く。

「その方がお金も良かったネ」

「現実的だな」

私が言うと、ミッシェルは声を上げて笑った。

「子供いるからネ」

その言葉に私は少しだけ表情を緩めた。

コメント