私はカフェオレを一口飲んだ。
そしてふと思ったことを口にする。
「ミッシェルは最初から黒木だったのか?」
ミッシェルは少し考えるように天井を見上げた。
「最初からじゃないヨ」
そう言って笑う。
「フィリピンではバンドしてたネ」
「バンド?」
私は聞き返した。
「ウン」
ミッシェルは頷く。
「私、ボーカルだったヨ」
「へぇ」
「ライブハウスで歌ってたネ」
ミッシェルは懐かしそうに話を続ける。
「そしたら黒木のプロモーター来たヨ」
「スカウトされたのか」
「ウン」
ミッシェルは頷いた。
そこで私は気になったことを聞く。
「家族は?」
ミッシェルの表情が少し柔らかくなった。
「フィリピンにいるヨ」
そして少し照れたように笑う。
「子供もいるネ」
私は思わず目を丸くした。
「え?」
隣で聞いていたリトも驚いた顔をする。
「ミッシェル、子供いたノ?」
「ウン」
ミッシェルはあっさり頷いた。
「妹たちが面倒見てくれてるヨ」
「そうだったのか」
私は小さく頷く。
ミッシェルはいつも明るく振る舞っている。
だが、日本で働く理由は楽しさだけではないのだろう。
「休みの日は電話するネ」
そう言った時の笑顔は、どこか優しかった。
しばらくしてリトが尋ねる。
「それで日本に来たノ?」
「ウン」
ミッシェルは頷く。
「でも最初はバンドだったヨ」
「ホント?」
リトが嬉しそうに身を乗り出した。
「私も最初はバンドで日本来たヨ!」
「ホント?」
ミッシェルが目を丸くする。
「ホントだヨ!」
そう言うとリトはギターを弾く真似をした。
「私はベースだったネ」
「へぇ」
私は感心する。
ミッシェルも驚いたように笑った。
「知らなかったヨ」
「だから今はシンガーのVISAで来てるヨ」
リトは笑う。
「だからミッシェルと同じネ」
「同じだネ!」
二人は顔を見合わせて笑った。
そして次の瞬間。
「でもバンドはサラリー安いヨネ」
「安いネ!」
二人は同時に言った。
私は思わず吹き出した。
どうやらそこは共通認識らしい。
「そんなに安いのか?」
私が聞くと、リトとミッシェルは同時に頷いた。
「安いヨ」
「安いネ」
また声が揃う。
二人は顔を見合わせて笑った。
「バンドは楽しいけど大変だヨ」
リトが言う。
「思ったより全然お金も残らないネ」
「分かるヨ」
ミッシェルも大きく頷いた。
「バンドは人数多いからネ」
「そうそう」
リトが指を差す。
「給料も分けるネ」
「練習あるから寝る時間ないネ」
二人は次々と言葉を重ねる。
まるで昔の苦労話大会だ。
私は苦笑した。
「ずいぶん大変だったんだな」
「大変だったヨ」
ミッシェルは笑う。
だが、その表情はどこか懐かしそうだった。
「でも歌うの好きだったネ」
そう言ってカップを手に取る。
「今も好きヨ」
私は少し頷いた。
それは何となく分かる気がした。
ミッシェルは楽しそうに歌う。
きっと歌うこと自体が好きなのだろう。
「だからシンガーになったのか」
「ウン」
ミッシェルは笑顔で頷く。
「その方がお金も良かったネ」
「現実的だな」
私が言うと、ミッシェルは声を上げて笑った。
「子供いるからネ」
その言葉に私は少しだけ表情を緩めた。

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