188話「二つの始まり」

朝、目を覚ますと外は雪がちらついていた。

隣を見ると、美緒はもう起きていた。

テーブルには書類が並んでいる。

「最終確認?」

そう聞くと、美緒が振り向いた。

「うん。なんか緊張してきた」

少し笑う。

昨日、あれだけ確認したはずなのに、また確認している。

それだけ今日が大事ということだ。

私はソファーに座り、書類をもう一度見る。

記入漏れ。必要書類。問題はない。

「大丈夫だろ」

そう言うと、美緒が小さく息をついた。

「だよね」

警察署への届出は最初に美緒が行くことになっていた。

これまで何度も警察へ確認に行き、流れを把握していたのも美緒だったからだ。

だから今日の主役は美緒だった。

支度を終え、玄関へ向かう。

「じゃあ行ってくる」

「ああ」

美緒が靴を履き、それから少しこちらを見る。

「終わったら連絡するね」

「うん。気をつけてな」

私は頷いた。

玄関の扉が閉まる。

部屋が少し静かになった。

時計を見る。まだ午前中だった。

落ち着かずコーヒーを飲む。

携帯を見る。

また時計を見る。

そんなことを何度か繰り返した頃、携帯が鳴った。

美緒からメールが届いた。

『終わったよ』

すぐに電話を掛ける。

「終わったか」

「うん」

少し安心したような声だった。

「ちゃんと許可証もらえたよ」

「お疲れ」

少し沈黙が流れる。

それから美緒が小さく笑った。

「花水木、出来たよ」

その言葉を聞いて、少しだけ力が抜けた。

美緒が決めた名前。

二人で考え決めたこと。

美緒が調べて作ったもの。

それが今日、形になった。

電話を切り、私は車に乗って茉莉花へ向かった。

茉莉花へ着くと、早苗はもう準備を終えていた。

「どうだった?」

早苗が少し不安そうに聞く。

「終わった。問題ない」

早苗が少し安心したように笑う。

私は美緒から聞いた流れを説明した。

必要なこと。

確認すること。

段取り。

早苗は真剣な顔で聞いていた。

説明を終える。

「大丈夫そう?」

そう聞くと、早苗は頷いた。

「たぶんね」

そう言いながら少し笑う。

「じゃ行ってくる」

「ああ」

早苗が店を出る。

私は二階の窓から、その姿を眺めていた。

ひとりになった静かな部屋。

“私がやる”と言ったときの早苗の顔が浮かぶ。

あれから早苗が茉莉花という名前を決め、今まで準備に動き回っていた。

けれど、もう準備は終わった。

あとは正式に始まるだけだった。

時間が過ぎる。

昼を過ぎる。

携帯を見る回数が増える。

そして、しばらく経った頃。

携帯が鳴った。

早苗だった。

「終わったよ」

開口一番そう言った。

「問題なかったか?」

「うん。普通に終わった」

安心したように笑っているのが分かった。

「これで正式だね」

「ああ」

電話を切り、私はソファーにもたれ息をつく。

気付けば肩に力が入っていた。

花水木。

茉莉花。

まだ始まったばかりだった。

けれど今日。

二つとも正式に生まれた。

美緒の手には花水木の許可証。

早苗の手には茉莉花の許可証。

二人とも。

自分の名前で。

そして今日。

花水木と茉莉花は、正式に動き始めた。

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