187話「夢の続き」

茉莉花を出ると、外の空気はかなり冷えていた。

車を走らせながら、今日一日のことを思い返す。

仕入れ。確認。書類。

それぞれが別々の場所で動いていた。

けれど向かっている先はひとつだった。

しばらくして美緒のマンションへ着く。

インターホンを押すと、すぐに扉が開いた。

「おかえり」

いつもの甘い落ち着くいい匂いと、美緒の柔らかい笑顔に迎えられる。

「ただいま」

部屋に入ると、テーブルの上にはノートパソコンと書類が広げられていた。

「ちょうど終わったところ」

美緒は少し満足そうに笑う。

パソコンを覗き込む。

そこには完成したホームページが映っていた。

女の子たちの写真。営業時間。店の紹介。

何もなかった場所に、少しずつ形が出来上がっていた。

「完成したな」

そう言うと、美緒は少し照れたように笑った。

「うん。なんとかね」

二人でソファーに座り、今度は書類を広げる。

届出に必要な書類。

記入漏れはないか。

必要なものは揃っているか。

ひとつずつ確認していく。

「これで大丈夫そうだね」

美緒が書類を閉じる。

部屋に少し静かな時間が流れた。

「覚えてる?」

美緒が小さく言った。

「何を?」

「花水木って名前」

私は少し笑う。

「ああ」

「あの時さ。私が急に言い出したよね」

「言い出したな」

「届出するって言った時もさ……今思えば無茶だったかも」

そう言って少し笑う。

私は首を横に振った。

「無茶じゃなかっただろ」

美緒は少しだけ黙った。

それからゆっくり口を開く。

「前に話したの覚えてる?」

「ん?」

「私の夢」

私は頷く。

覚えている。

一緒にいること。

一緒に仕事をすること。

それが夢だと、美緒は言っていた。

「正直ね」

美緒は少し俯く。

「こんな日が来ると思ってなかった」

そう言いながら、小さく笑った。

「でも……」

美緒がこちらを見る。

「私、直人さんとここまでやってこれて嬉しい」

その言葉に、すぐ返事は出なかった。

何か言おうとしても、上手く言葉にならない。

美緒が少し近付く。

肩が触れる。

「いよいよだね」

「ああ」

「なんか不思議」

そう言いながら、美緒はそっと肩にもたれた。

少しだけ体重が伝わる。

そのまま美緒が小さく笑う。

「ねぇ」

「ん?」

「私、ちゃんと役に立ててる?」

少し上目遣いでそう聞いてくる。

私はすぐに答えた。

「立ってるどころじゃないだろ」

美緒が少しだけ目を丸くする。

「花水木もそうだし、ここまで来れたのも美緒がいたからだ」

しばらく沈黙が流れる。

すると美緒は小さく笑った。

「……そっか」

そう言うと、そっと私の手に自分の手を重ねる。

「嬉しい」

指先が少しだけ震えていた。

「これからも、一緒にやっていこうね」

私は黙って頷く。

美緒は握った手を少し強く握った。

「よかった」

小さく呟く。

それから少し身体を寄せてくる。

肩。腕。温もり。

「なんか今日……幸せ」

小さな声だった。

私は握られた手を軽く握り返す。

美緒が嬉しそうに笑う。

そのまま静かな時間が流れた。

仕事の話も。

書類の話も。

今は少しだけ遠くなる。

部屋の中は静かだった。

届出の日は、もう目の前まで来ていた。

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