茉莉花を出ると、外の空気はかなり冷えていた。
車を走らせながら、今日一日のことを思い返す。
仕入れ。確認。書類。
それぞれが別々の場所で動いていた。
けれど向かっている先はひとつだった。
しばらくして美緒のマンションへ着く。
インターホンを押すと、すぐに扉が開いた。
「おかえり」
いつもの甘い落ち着くいい匂いと、美緒の柔らかい笑顔に迎えられる。
「ただいま」
部屋に入ると、テーブルの上にはノートパソコンと書類が広げられていた。
「ちょうど終わったところ」
美緒は少し満足そうに笑う。
パソコンを覗き込む。
そこには完成したホームページが映っていた。
女の子たちの写真。営業時間。店の紹介。
何もなかった場所に、少しずつ形が出来上がっていた。
「完成したな」
そう言うと、美緒は少し照れたように笑った。
「うん。なんとかね」
二人でソファーに座り、今度は書類を広げる。
届出に必要な書類。
記入漏れはないか。
必要なものは揃っているか。
ひとつずつ確認していく。
「これで大丈夫そうだね」
美緒が書類を閉じる。
部屋に少し静かな時間が流れた。
「覚えてる?」
美緒が小さく言った。
「何を?」
「花水木って名前」
私は少し笑う。
「ああ」
「あの時さ。私が急に言い出したよね」
「言い出したな」
「届出するって言った時もさ……今思えば無茶だったかも」
そう言って少し笑う。
私は首を横に振った。
「無茶じゃなかっただろ」
美緒は少しだけ黙った。
それからゆっくり口を開く。
「前に話したの覚えてる?」
「ん?」
「私の夢」
私は頷く。
覚えている。
一緒にいること。
一緒に仕事をすること。
それが夢だと、美緒は言っていた。
「正直ね」
美緒は少し俯く。
「こんな日が来ると思ってなかった」
そう言いながら、小さく笑った。
「でも……」
美緒がこちらを見る。
「私、直人さんとここまでやってこれて嬉しい」
その言葉に、すぐ返事は出なかった。
何か言おうとしても、上手く言葉にならない。
美緒が少し近付く。
肩が触れる。
「いよいよだね」
「ああ」
「なんか不思議」
そう言いながら、美緒はそっと肩にもたれた。
少しだけ体重が伝わる。
そのまま美緒が小さく笑う。
「ねぇ」
「ん?」
「私、ちゃんと役に立ててる?」
少し上目遣いでそう聞いてくる。
私はすぐに答えた。
「立ってるどころじゃないだろ」
美緒が少しだけ目を丸くする。
「花水木もそうだし、ここまで来れたのも美緒がいたからだ」
しばらく沈黙が流れる。
すると美緒は小さく笑った。
「……そっか」
そう言うと、そっと私の手に自分の手を重ねる。
「嬉しい」
指先が少しだけ震えていた。
「これからも、一緒にやっていこうね」
私は黙って頷く。
美緒は握った手を少し強く握った。
「よかった」
小さく呟く。
それから少し身体を寄せてくる。
肩。腕。温もり。
「なんか今日……幸せ」
小さな声だった。
私は握られた手を軽く握り返す。
美緒が嬉しそうに笑う。
そのまま静かな時間が流れた。
仕事の話も。
書類の話も。
今は少しだけ遠くなる。
部屋の中は静かだった。
届出の日は、もう目の前まで来ていた。

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