186話「それぞれの場所で」

車を走らせながら、今日の予定を頭の中で整理していた。

やることは多い。

でも、どれももう“途中”ではない。

すべてが、届出に向かって繋がっている。

まずは時のかけらへ向かう。

店の前に着くと、いつもより少し早い時間だった。

中に入ると、高梨社長がすでに待っていた。

「お疲れさまです」

いつもの安心させるような笑顔。

その一言で空気が引き締まる。

テーブルの上には、仕入れに関する書類とアクセサリーが並んでいた。

ひとつずつ確認しながら、今回の仕入れを確定させていく。

「今回はいつものに加えて、要望があった若い女性が好む少し安価な品物も揃えてみました」

「いいですね」

必要なやり取りはそれだけだった。

余計な言葉はない。

けれど、確かな前進だけが残る。

確認を終えると、すぐに店を出た。

次は茉莉花へ向かう。

車の中で、携帯を一度だけ見る。

美緒は今、マンションでホームページと書類の最終確認をしているはずだ。

それぞれが、それぞれの場所で同じ方向を見ている。

そう思うと、不思議と落ち着いた。

茉莉花に着くと、早苗がすぐに出てきた。

「おかえり」

「ああ、ただいま」

「コーヒー淹れてくるから、先に二階に行ってて」

早苗は脱いだコートを受け取りながら言う。

リビングからは、女の子たちの声が聞こえる。

私は二階に上がり、座り慣れたソファーに腰を下ろした。

しばらくすると早苗がカップを載せたトレーを持って部屋に入ってきた。

コーヒーを私に手渡し隣に座る。

「これ茉莉花の名刺とか入ってる」

テーブルに紙袋を置く。

中には、里奈ちゃん、綾さん、そして女の子たちの仕事用の名刺。

早苗が自分の名刺を手に取り小さく頷いた。

「いよいよ、始まるって感じだね」

「うん、正式に早苗ママが始まるな」

「もう、からかわないでよ。

今だにママって呼ばれるの慣れてないんだから」

早苗は照れたように少し笑い、私の膝を軽く叩いた。

紙袋からひとつずつ取り出し、確認していく。

その手は、いつもより少し慎重に見えた。

名刺を手に取るたび、頭の中で少しずつ現実になっていく音がした。

そのまま届出の最終確認へ移る。

書類の不備がないか。

記入漏れがないか。

細かい部分をひとつずつ潰していく。

「これで、大丈夫だね」

早苗がそう言ったとき、少しだけ空気が軽くなった。

「だな」

短く返す。

ここも、もう“準備”ではなかった。

確認作業の終わりが、そのまま一歩目になる。

茉莉花を出ると、外はかなり冷えていた。

次は、美緒のマンション。

車を走らせながら、ふと考える。

それぞれが別の場所で動いているのに、同じ一点に向かっている。

届出の日。

すべてが動き出す日まで、もう残りわずかだった。

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