時のかけらを出たあと、私はそのまま茉莉花へ戻った。
紙袋の中には、あのトランクから選んだアクセサリーが入っている。
少し重いはずなのに、不思議と気持ちは軽かった。
あの場所で交わしたやり取りが、まだ指先に残っている気がした。
茉莉花に着くと、早苗がリビングから出てきた。
「おかえり」
優しい声に迎えられる。
「いま、一人か?」
コートを脱ぎながら聞く。
「うん。仕事入ってるから、里奈も綾さんも送迎に出てる」
そう言いながら、自然にコートを受け取る。
「それじゃ、上に行こうか」
私は二階へ上がった。
座り慣れたソファーに腰を下ろすと、早苗も自然に隣へ座った。
私は紙袋をテーブルの上に置く。
「見てみる?」
そう言うと、早苗はすぐに興味を示した。
紙袋からジュエリーケースとジュエリーロールを取り出し、開いた瞬間、早苗の目が変わる。
「え、すご…」
指輪やネックレス、ブレスレットを手に取りながら、じっくりと見ていく。
光の当たり方で輝きが変わるたびに、小さく感嘆の声が漏れた。
「これ、お店で売ってるのと変わらないじゃん」
その反応を見て、少しだけ安心する。
私は続けて、仕入れ値の話をした。
「これ、全部かなり安く仕入れてる」
その瞬間、早苗の手が止まった。
「……どれくらい?」
金額を伝えると、今度ははっきりと驚いた顔になる。
「それ、本当にその値段?
普通に考えたら、ありえないよ」
早苗がアクセサリーをもう一度見ながら言う。
「ねえ。これってさ、フィリピン人向けだけじゃなくてさ」
少し間を置いて、続けた。
「お店の女の子も、普通に買うと思うよ」
その言葉で、視界が少しだけ開けた気がした。
フィリピン向け。
ずっと、そういう前提で考えていた。
でも、確かにそうだ。
このアクセサリーは、人を選ぶものじゃない。
「なるほどな……」
思わず口に出ていた。
商売は、最初に決めた枠だけで終わるものじゃない。
むしろ、そこから広がっていくものだ。
「店の女の子たちだったらさ。
プラチナのシンプルなデザインとか、一粒ダイヤのネックレスとかいいんじゃないかな」
早苗は少し考え込むような顔で言う。
「あっ、あとピアスもあるといいと思う」
早苗と二人で、いくつかの組み合わせや見せ方について話し始めた。
さっきまでただの“仕入れ”だったものが、少しずつ形を変えていく。
気づけば、部屋の空気は仕事の会話で満たされていた。
けれど、不思議と堅苦しさはなかった。
むしろ、どこか楽しい。
ひとつの可能性が、少しずつ広がっていく感覚。
ひと段落したところで、早苗がふっと肩の力を抜いた。
「まあさ」
軽く笑いながら、こちらを見る。
「こういうの考えてる時が、一番おもしろいよね」
その言葉に、私も少し笑った。
確かに、そうかもしれない。
売れるかどうかの前に、もうすでに動き始めている感覚。
それは少しだけ、心を満たしていた。
そのあともしばらく、二人で他愛ない話をしながら過ごした。
さっきまでの緊張が、ゆっくりとほどけていく。
仕事と日常の境目が、少しずつ曖昧になっていく。
気づけば、その時間は少しだけ甘い空気を含んでいた。

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