美緒のマンションを出ると、元旦の静かな空気で昨夜のような浮ついた雰囲気はなくなっていた。
昨日までとは違い、ゆったりと街は少しずつ動き始めている。
その流れに混ざるようにして、私も茉莉花へ向かった。
事務所に入ると、すぐに早苗が気づく。
「おかえり」
「ただいま」
いつも通りのやり取りなのに、どこか正月の空気が混ざっている。
「お雑煮食べた?」
早苗がそう聞いてくる。
「ああ、いや、まだ食べてないな」
食べたと言ってはいけない気がした。
「それじゃ、みんなで食べようよ」
コートを脱ぐと、早苗が自然に受け取る。
リビングのドアを開けると、
「明けましておめでとうございます!」
「直人くん、あけおめー!」
里奈ちゃんと綾さんの明るい声が、一気に空気を変える。
「明けましておめでとう!」
「直人くん、冷めないうちに食べよ」
里奈ちゃんに腕を引かれ、席に着く。
テーブルには、早苗たちが用意してくれていたお雑煮が並べられていた。
「食べよ、食べよ」
里奈ちゃんが笑いながら言う。
温かい湯気が上がる中で、四人で軽く食事を取る。
「初詣メッチャ楽しかったよ! 直人くんも来ればよかったのに」
里奈ちゃんが楽しそうに言う。
「里奈ったら、食べれもしないのに屋台であれこれ買うんだから」
早苗が呆れたように言う。
「だって、どれも美味しそうに見えるじゃん!」
「全部私に渡すから、結局私は荷物持ちになるのよね」
そんな他愛ない話をしながら、店の中の空気が少しずつ“いつもの茉莉花”に戻っていくのがわかる。
しばらくすると、店の準備時間が近づいてくる。
「あっ、そろそろ行かないとねー」
里奈ちゃんが立ち上がり、綾さんもそれに続く。
「送迎行ってきますね」
「気をつけて」
二人が店を出ていくと、茉莉花の中は少しだけ静かになった。
そのあと、早苗と二人で二階へ上がる。
いつもの部屋。
でも正月のせいか、少しだけ空気が違う。
私はポケットから小さな封筒を取り出した。
「はい、これ」
「え?」
「お年玉」
そう言って差し出そうとした瞬間、早苗が軽く笑った。
「あ、それならもう渡したよ」
「……もう?」
「うん、私これでも一応ママって呼ばれてるんで、用意してたの」
早苗は少し照れくさそうに言った。
少し拍子抜けして、私は苦笑する。
「そうだよな、茉莉花のママだもんな」
「ふふ、そうだよ」
早苗はそう言って、少しだけ柔らかく笑った。
そのとき、テーブルの上の携帯が鳴った。
手に取り、画面を見るとリトからだった。
ソファーに腰を下ろしながら通話ボタンを押す。
「モシモシ、リトです。
ハッピーニューイヤー! おめでとうデス!」
「ああ、リトおめでとう! 今年もよろしく」
「ウン、よろしくネ。
あの、ナオトさん。この前の話でちょっとプランがあります」
リトの声のトーンが変わる。
「それなら、また店に行くよ」
「イヤ、店はあまり話できないし、お金がもったいないヨ。ワタシのマンションで大丈夫デス」
「分かった。それじゃ、また後で電話するね」
そう言って電話を切った。
「何かあったの?」
早苗が少し心配そうに聞く。
私はリトと出会ってからのこと。
リトとのやり取り。
そしてリトを通じて、新しい仕事が始まるかもしれないことを話した。
早苗は隣に座り、黙って話を聞いていた。
「私もリトに会ってみたいな。
あなたの話を聞いてると、きっといい人だと思う」
「うん。一度、早苗に会わせるよ」
そのとき、玄関の扉が開く音とともに、
「ただいまー!」
と、里奈ちゃんの元気な声が届いた。
早苗は立ち上がり、
「ちょっと下に行ってくる」
と言ってドアを閉めかけたが、顔だけを覗かせ、
「コーヒー淹れてくるからね」
と足早に階段を下りて行った。
窓の外では、人の行き交う気配が少しずつ増えている。
私はソファーにもたれながら、リトが言った“プランがある”という言葉をぼんやりと考えていた。

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