何も言わずに、しばらく抱き合っていた。
ストーブの上のケトルから、お湯の沸く音だけが小さく広がる。
「……お風呂入る?」
美緒が耳元で囁くように言う。
もう照れたりする空気はない。
「うん」
私がそう言うと、美緒は小さく頷き、そのまま浴室へ向かった。
浴室は、いつも通りキャンドルの淡い灯りと、甘く良い香りに満ちている。
湯気の立つ空間は暖かかった。
「ここ座って」
美緒が椅子を差し出す。
私は椅子へ座り、美緒へ背中を向けた。
すると、美緒が当たり前みたいに髪へ指を入れる。
「結構ワックスついてる」
「つけ過ぎたかな」
「うん」
美緒は静かに泡立てながら、丁寧に髪を洗っていく。
指先が髪をかき分けるたび、湯気の熱がゆっくり肌へ馴染んでいった。
頭皮を優しくなぞられるたび、少しずつ身体の力が抜けていく。
「気持ちいい?」
「かなり」
「よかった」
美緒は少し笑った。
そのあと背中にも泡を広げ、肩や腕までゆっくり洗っていく。
こういう時間も、もう自然になっていた。
湯船へ入ると、美緒は後ろから静かに身体を預けてきた。
柔らかい体温が背中へ伝わる。
「……ねえ」
「ん?」
「少し前までは、こんな風になると思ってなかった」
そう言って、美緒は私の腕を掴み、自分の首へ絡めた。
「そうだな」
私は美緒をそっと抱き寄せる。
「……今年も、こうして一緒にいようね」
美緒は小さく笑った。
「ああ」
私はもう一度、そっと抱き寄せた。
外ではまだ遠くに車の音が聞こえている。
でも、この部屋の中だけは時間がゆっくり流れている気がした。
風呂から上がると、美緒はタオルを持ってくる。
「はい、座って」
私はソファへ座り、美緒が後ろへ回る。
タオルで髪を拭き、ドライヤーを当てる手つきも、もう慣れたものだった。
「髪のびたね」
「そうか?」
「うん。でも似合ってる。直人さんらしい」
美緒はドライヤーを動かしながら、小さく言う。
私は少し笑った。
「そうかぁ?」
乾かし終えると、美緒は満足そうに電源を切った。
そのまま二人でベッドへ入る。
私が横になると、美緒は慣れた様子でベッドボードへ背を預けた。
「おいで」
私は苦笑しながら、美緒の膝へ頭を乗せる。
美緒は小さく笑うと、そのまま耳へ指を伸ばした。
「……今年最初のミミククリンだね」
「何だよそれ」
「ふふっ」
美緒の指先が耳を優しくなぞる。
それだけで、不思議なくらい身体の力が抜けていった。
「気持ちいい?」
「かなり」
「よかった」
美緒は嬉しそうに小さく笑う。
私はそのまま目を閉じた。
暖かい膝の感触。
美緒の静かな体温。
遠くではまだ、年明けのざわめきが小さく残っている。
その音を聞きながら、私はゆっくり眠りへ落ちていった。
朝、目を覚ますと、部屋には雑煮の匂いが漂っていた。
リビングへ行くと、美緒がキッチンへ立っている。
「おはよう」
「あぁ、おはよう」
「ちょうどできるよ」
テーブルには簡単なお節料理も並べられていた。
私は椅子へ座り、ぼんやりその光景を見ていた。
「……何?」
「いや、正月っぽいなと思って」
美緒は少し笑う。
「一応、お正月だから」
二人で雑煮を食べながら、静かな朝を過ごす。
窓の外には、正月らしい穏やかな光が広がっていた。
「今日の予定は?」
美緒が食器を片付けながら聞く。
「うん、月下美人も茉莉花も営業だからな」
「私は月下美人に行ってくるね。お雑煮持って行くって約束もしてたから」
私は湯呑みのお茶を飲み干し、小さく息を吐いた。
「分かった。それじゃ行くか」
「うん」
美緒は静かに頷く。
その表情は少し寂しそうだった。
でも、もう何度もこうして見送ってきた顔でもあった。
私は立ち上がり、美緒の頭を軽く撫でる。
「……いってらっしゃい」
美緒は小さく笑った。
私はその顔を見ながら、再び動き始めた正月の街へ戻っていった。

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