小川健太に金を回してから、数日が経った。
エンジェルタッチには、約束通り金が運ばれてきていた。
流れは順調だった。
少なくとも、表向きは——
その日の夜、私は藤乃屋に顔を出した。
手には、近くで買ったいつもの大判焼きを持っていた。
玄関の扉を開けると、中から女の子の笑い声が聞こえてくる。
「お疲れ様です」
顔を出すと、何人かの女の子がこちらに気づき、軽く頭を下げた。
「お疲れ様です」
軽く返しながら中に入る。
奥の部屋にいる江崎さんの姿が見えた。
「久しぶりだね」
江崎さんはそう言って、こちらを見る。
「たまには顔出しとこうと思って」
そう言って、大判焼きを差し出す。
「いつも、すまないね」
江崎さんはそれを受け取り、すぐに袋を開けた。
「ちょっと、お茶を持ってきておくれ」
といつもの、おばちゃんに声をかけた。
しばらく他愛のない話をしていると、ふと江崎さんがこちらを見た。
「あんた、来年から風営法が変わるの知ってるかい?」
その声は、少しだけ低かった。
「いえ、知らないです」
「馴染みの刑事がいてね。その人が言ってたんだよ」
江崎さんは、どこか遠くを見るような目をした。
「来年から、出張ヘルスの形が変わるらしいよ」
一度言葉を切る。
「届出制になるって話だ」
私は何も言わず、そのまま聞いていた。
「その刑事がね、あんたも届出して、ちゃんとした形でやった方がいいって言ってたよ」
少しだけ笑う。
「安全に商売できるようになるってさ」
「まあ、私は今更だけどね」
ゆっくりと首を横に振る。
「もう歳も歳だし、やり方変える気もないよ」
「私はこのままでいいよ」
静かな声だった。
だが、その言葉には迷いがなかった。
「でもね」
江崎さんは、ゆっくりとこちらを見る。
「あんたはまだ若いんだから」
少しだけ優しい目になる。
「届出して、安全にやった方がいいかもしれないよ」
それだけ言って、視線を外した。
店を出ると、夜の空気は少し冷えていた。
車に乗り込み、エンジンをかける。
流れは確実に広がっている。
少しの間、ハンドルに手を置いたまま考える。
答えはすぐに出た。
このまま続けるつもりはなかった。
弘に連絡を入れた。
「警察署に行って届出について確認してこい」
弘は、
「分かりました!明日にでも行ってくるっす!」
それだけで話は通じた。
そのあと、奈緒にも話をした。
届出のこと。
これからのやり方を変えるつもりでいること。
奈緒は黙って聞いていた。
しばらくして、静かに口を開く。
「それなら……」
少しだけ視線を落とす。
「私、女の子辞めて、スタッフとして働きたいです」
迷いはなさそうだった。
私は奈緒を見る。
「いいのか?」
奈緒は小さく頷いた。
「はい。その方が、ちゃんと関われる気がするので」
それで十分だった。
流れが、またひとつ変わった気がした。

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