89話「鍵が戻る日」

江崎さんのところを出たあと、車に乗り込み、もらった大判焼きをかじりながら恵美に連絡を入れた。

「江崎さんとの話、終わったよ。今からそっちに行くから」

話の内容は言わず、行くとだけ伝えた。

「分かった、待ってるわ」

恵美は私の声で、ある程度の結果が分かっているようだった。

車を走らせ、恵美のマンションへ向かった。

リビングに入ると、恵美はテーブルの上の書類を整理していた。

「借り換えの金額はどのくらいになったの?」

書類をテーブルに置き、振り返って私を見る。

「江崎さんの店にいる女の子十二名分で、六百五十万になった。保証人は江崎さん本人。あの店でお金を借りている女の子、全員分の借り換えだと思う」

「そう。初回からお店一軒分の借り換えはすごいわね。保証人が江崎さんなら、まず焦げ付く心配はないわ」

恵美は私が横に座れるよう、ソファーを少しずらしてスペースを空けた。

私はその横に腰を下ろした。

「必要な書類は全部揃ってる。これからが本番よ」

恵美は私に向き直り、じっと目を見た。

「うん。江崎さんは他の店も全部任せるって言ってくれてたから、忙しくなりそうだな」

書類を手にしながら言うと、恵美は目を丸くした。

「もうそこまで話が進んだの? すごいじゃない。あなたのこと、相当気に入っている証拠よ」

そう言って、私の手を握り微笑んだ。

「コーヒー淹れてくるわね」

恵美は立ち上がり、キッチンへ向かった。

私はテーブルの上の書類を改めて眺めた。

借用書。

日掛用の手帳。

判子。角印。

LINK CORPORATION 貸金業登録証。

テーブルに並ぶそれらを見ながら、ふと心の中でつぶやく。

「LINK CORPORATION 村上 直人」

これから活動する、表の世界での肩書き。

表社会と裏社会の顔が、LINKしたように思えた。

しばらくして、恵美がコーヒーをテーブルに置き、隣に座った。

カップに手を伸ばそうとしたとき、横に見覚えのあるものが置いてあることに気づいた。

昔、恵美と付き合っていた頃にプレゼントした、プラダのキーホルダー。

手に取ると、鍵がぶら下がっていた。

それは、関係が微妙になった頃、私がマンションのポストにそっと入れた鍵だった。

「あなたの落とし物でしょ。持ち主に返そうと思って」

あの頃によく見た笑顔で、恵美は言った。

「……ありがとう」

私は鍵を握りしめ、そっとポケットにしまった。

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