月下美人の営業が始まって数日が経ち、店の流れも少しずつ見えてきていた。
そんなある日の午後、弘から電話があった。
「兄貴、お疲れっす。ちょっと相談があるんすよ」
弘にしてはめずらしくテンションが低い。
「どうした?何かトラブルでもあったのか?」
「いや……自分の個人的なトラブルなんすけど……。あっ、予約が入ってるんで、送迎に出ますから、店終わってから聞いてもらっていいっすか」
「わかった。それじゃ後でな」
店のトラブルではなく、弘の個人的なトラブル。
元気がなかったのは気になるが、急を要することではなさそうだった。
「えっ、弘君なにかあったの?大丈夫?」
トラブルという言葉に、早苗が心配そうな顔をする。
「いや、弘の個人的なことみたいだし、大丈夫だよ」
「それじゃ良かった。だけど個人的なことって何だろうね。大事じゃなきゃいいんだけど……。
あっ!今ご飯作ってたんだけど、弘君の分はお弁当にするから持って行ってあげて」
そう言うと早苗は立ち上がり、忙しそうにキッチンへ向かった。
店が終わる時間に事務所へ向かった。
弘はまだ送迎に出ているのか、事務所には誰もいない。
リビングのソファーに腰を下ろそうとしたとき、ドアが開いた。
「あっ、兄貴お疲れっす。来てくれてたんすね」
弘が戻ってきた。
「いったい何があったんだ?」
弘は言いにくそうに頭をかきながら言った。
「あの……コレに男できたみたいで、アパート出ていけって言われちゃって。俺、宿無しになっちゃって」
弘は小指を立て、少しうなだれた。
私はソファーに腰を下ろし、弘にも座るように言った。
「それじゃ、ウチに来いよ。狭いけど、お前一人くらいどうにでもなるから」
「いや、早苗姐さんに悪いっすよ」
弘は手を横に振りながら、申し訳なさそうに言う。
「でも、お前行くところないだろ。どうするんだよ」
「兄貴……あのう、ここに寝泊まりすんのはダメっすか?」
「事務所にか?ここでいいなら部屋も空いてるし、使っていいぞ」
「マジっすか!やったー!助かるっすよ。兄貴、あーざす!」
さっきまでの落ち込みが嘘みたいに、弘の顔が一気に明るくなった。
テーブルの上に置いた、早苗からのお弁当の入った紙袋を指差し、
「これ何すか?もしかして差し入れっすか?」
と、もう紙袋の中を覗き込んでいる。
「ああ、早苗からの差し入れだ」
「姐さん、あーざす!」
弘は紙袋を頭の上に掲げて言った。
すぐにお弁当を開け、がっつきながら、
「兄貴、この前話したドライバーの件なんすけど、明日にでも会ってくれませんか?なかなか使える奴なんすよ。俺が保証するっす」
「そうだな。今のままじゃドライバーも一人じゃ足りないし、お前の連れなら安心だしな。よし、明日連れてこい」
「了解っす!」
弘は笑った。
その前にはもう、空になった大きなお弁当箱が二つ並んでいた。

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