早苗を迎えに行く途中、恵美さんに連絡を入れた。
恵美さんはすぐに電話に出た。
「どうしたの? 今、あなたに連絡しようと思ってたの」
「あのう、この前言ってた刺青の件ですが、お願いしようと思って」
少し沈黙が流れ、恵美さんの息遣いだけが聞こえてきた。
「そう……分かったわ。決めたのね。それじゃ明日、昼前に連絡ちょうだい」
いつもより静かな口調だった。
早苗とマンションに帰った。
私はリビングに腰を下ろし、五十万をテーブルに置いた。
「えっ。どうしたのこのお金」
早苗は口に手を当て、私と金を交互に見た。
「佐藤さんから、放免祝いも兼ねてのお礼だって」
「うそー、すごいじゃん。おめでとう!」
そう言って笑った。
私は二十万だけ手に取り、残りを早苗に差し出した。
「これは早苗の分だよ。ずっとおんぶに抱っこだから、何かの足しにして」
「おんぶに抱っことか思ってないよ! これはあなたが使って」
差し戻そうとする手を、私は握った。
「俺の気持ちだから」
早苗はしばらく黙り、何度も頷いた。
「……ありがとう」
翌日、恵美さんに連絡すると、彫り師の住所を教えられた。話は通してあると言う。
普通の民家のような建物だった。
ドアの前に立ち、「よし」と小さく息を吐いた。
「すいません」
二階から「上がってきて」と声がした。
階段を上がり、扉を開けると、上下白のダボシャツを着た彫り師が座っていた。腕や足にはいくつも刺青が彫られている。目つきが鋭かった。
恵美さんの紹介で来たことを伝えると、
「話は聞いてる。座って」
と言われた。
「それで、図柄は決まってるの?」
「いや、まだ決めてないです」
男は一瞬、驚いた顔になった。
「あんた変わってるね。図柄も決めないで来る人間は初めてだよ」
呆れたように笑い、
「若いし、これから出世するなら鯉はどうだ?」
と言った。
「はい、鯉でお願いします」
「どんな鯉がいい? 金太郎鯉とか、いろいろあるぞ」
「お任せでお願いします」
彫り師は少しだけ私を見つめ、それから頷いた。
下着一枚になり、うつ伏せになる。
「額じゃなくて抜きでいいんだよな?」
「はい」
彫り師は硯で墨を摺り、口に筆を咥え、もう一本の筆で背中に描き始めた。
どんな痛みなのかよりも、
ここまで来たらもう戻れない、とそのときは思っていた。
この社会の住人になる――そんな決心をしたつもりだった。
「それじゃ、いくよ」
サク。
身体がビクッと震え、焼けるような痛みが走る。
サク、サク、サク。
部屋の中には、その音だけが響いていた。

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