早苗に話した日から、自分の中で何かが変わった気がしていた。
境界線の上を彷徨うのではなく、もう戻らない場所に足を置いた——そんな感覚だった。
早苗の「あなたについていく。あなたと一緒に生きていく」という言葉が、ずっと頭に残っている。
何かが劇的に変わったわけではない。
けれど、恋人という言葉だけでは足りない何かが、確かに生まれていた。
江崎さんに連絡を入れ、佐藤さんの件は私が任され、借用書も預かっていると伝えた。
都合のいいときに店に寄ってとのことだったので、今から伺いますと返した。
五百万の受け取り。
手にしたことのない金額だ。
店に近づくにつれ緊張が増し、鼓動が少しずつ速くなるのを感じた。
店に入ると、この前と同じようにブザーが鳴った。
今日は江崎さんが出てきて、前と同じ部屋に通された。
「金をおろしに行かせてるから、少し待ってな」
話していると、玄関のブザーが何度も鳴る。
気になって尋ねると、
「ああ、日掛の金貸しよ。うちの女の子たちが借りてるからね」
そう言って笑った。
「あんた金貸ししてるの? あんたがやってるなら、全部借り替えてやってもいいよ」
私が今の仕事のことを話すと、「同業者みたいなもんだ」と言い、
「助け合えることがあるかもしれないから、時々お茶でも飲みに寄りな」と言った。
襖が開き、この前の中年女性が入ってきた。
前回のような警戒心はなく、少しだけ微笑み、頭を下げた。
女性は分厚い封筒を江崎さんに渡し、部屋を出ていった。
「はい、確かめて」
ドン、と封筒がテーブルに置かれる。
内心は落ち着かなかったが、平静を装って封筒を開けた。
帯封の百万円が五つ。
初めて、金の重さを知った。
「……確かにあります」
借用書を渡すと、江崎さんは目を通し、封筒になおした。
「佐藤さんによろしく伝えとくれ」
玄関まで見送られたとき、
「近いうちに、またおいで。いつでもいるから」
そう言って笑い、手を振った。
「はい。必ず来ます」
頭を下げた。
車に乗り込み、深く息を吐く。
助手席には五百万の札束。
やり遂げた、という感覚があった。
だがそれが達成感なのか、別の何かなのか、まだ自分でも分からなかった。
ただ一つだけ分かったのは、
もう後戻りはできない、ということだった。

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