56話「裏の世界への扉」

恵美さんとの話を終え、外に出ると街の光は昼間でもいつもより眩しく感じた。

だが、その明るさの裏で、私の心の中に潜む影があった。

恵美さんのマンションを出たとき、すでに別の世界の気配。裏社会の匂いが入り込んでいた。

後戻りはできない。

私は深呼吸し、次の一歩を踏み出した。

早苗に報告するためマンションに戻った。

「おかえりー!」と玄関まで出迎えてくれた早苗の顔を見たら、少し安心する。

「コーヒー淹れるね」と言った。

さっき恵美さんの部屋で飲んだコーヒーは味も覚えていない。

でも今はコーヒーの良い香りが部屋中に漂っている。

早苗はマグカップに入れたコーヒーを二つ持って私の横に座った。

「仕事の話どうだった?」

「うん、とりあえずすることに決めてきた」

恵美さんのことは端折って、仕事の内容を話すと早苗は心配そうに聞いていた。

「大丈夫なの? 捕まったりしないよね?」

「経営者でもないし、それは大丈夫だよ」と説明した。

早苗は少し考え込み、私を見て言った。

「離れ離れになるのはもう嫌だから」

私は早苗を静かに抱き寄せ、

「心配ないって安心していいから」

とぎゅっと抱きしめた。

早苗は小さく頷いた。

私は今日の夜、さっそく佐藤さんの件に取りかかることにした。

恵美さんの話によると江崎さんという女性は、置き屋という違法な風俗店を経営しているそうだ。

七十代の女性で、裏風俗の経営者。

どんな人なのだろうか。

佐藤さんに情報の連絡だけするべきか、一度自分一人で尋ねていくべきか考えた。

どんな展開になるか分からないが、一人で行こうと決めた。

いや、行くべきだと思った。

早苗をお店に送り、江崎さんのいるであろう建物に向かった。

街灯に照らされる街中を進みながら、心臓の鼓動が少し早くなるのを感じた。

建物の外観は一見普通の民家。しかし、そこに漂う空気は何か違っていた。

静かで、しかし確実に、別の世界の存在を知らせる匂いがする。

私は足を止め、深く息を吸った。

後戻りはできない。今、私はその扉の前に立っているのだ。

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