57話「裏社会の住人」

建物の扉を開けると、ブザーが鳴った。

廊下の奥から、微かな人の気配がする。

「はーい」

女性の声とともに、こちらへ歩いてくる足音が聞こえた。

消毒液や石鹸の混じった匂いが鼻をつく。外から見れば普通の民家だが、一歩中に入ると雰囲気はまったく違っていた。

普通の街にひそむ、もう一つの顔。

出てきたのは中年の女性だった。

にこやかな笑顔で膝をつき、スリッパを差し出し「どうぞ」と手招きする。

「客ではないんですが」

そう言うと、その笑顔は一瞬で消えた。

真顔になり、目に警戒心が宿る。

「おたく、誰?」

冷たい声だった。

佐藤さんという人に頼まれて、江崎さんに会いに来たと伝える。

中年女性は黙ったまま私を値踏みするように見つめ、そのまま廊下の奥へと歩いていった。

奥から小さな話し声が聞こえる。

やがて戻ってくると、無言で手招きした。

廊下の突き当たり、一番奥の部屋へ通される。

途中いくつかの部屋があり、そこには女性が数人座っていた。

私が前を通ると、皆が好奇の目でこちらを見る。

通された部屋は和室で、こたつが置かれていた。

そこに座って待つよう言われる。

しばらくすると足音がし、襖が静かに開いた。

無言で入ってきたのは、小柄な老婆だった。

私の前に座り、静かに言う。

「私が江崎です」

一見、どこにでもいそうな普通のお婆さんだ。

だが、目が違った。

長年この世界で生き抜いてきた時間が、そのまま宿っているような目だった。

若い女の子が熱いお茶とお茶菓子を盆に乗せて運んでくる。

江崎さんは私にお茶を勧め、自分も湯呑みを手に取り、じっとこちらを見た。

「ご用件は?」

私は佐藤さんの件について説明した。

話している間、江崎さんは一度も目を逸らさなかった。

やがて目を閉じ、一口お茶を飲み、ゆっくりと口を開く。

「佐藤氏のことは覚えてるよ。お金は返すつもりだった。

しかし本人がいなくなってしまってね。返そうにも返せなかった。

その当時、私もこの街を離れなければならなくなってね……それでそのままだ。懐かしい話だよ」

そう言って、どこか遠くを見るように微笑んだ。

「お金は用意する。いつでも連絡しておくれ」

私は連絡先を交換し、店を出た。

どんな展開になるのかと身構えていた私は、正直ほっとしていた。

だが実際に受け取りが終わるまでは、気を抜くわけにはいかない。

このときはまだ、この縁がその後も続いていくとは思っていなかった。

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