美緒のマンションを出る。
車を走らせ、茉莉花へ戻った。
扉を開けると。
「おかえり」
早苗が優しく笑った。
「ただいま」
自然と笑う。
もう当たり前みたいになっている、このやり取りが少し心地いい。
「今日は静かだな」
私が言うと。
「うん。里奈は送迎行ってる」
早苗が答える。
「綾さんは?」
「今、面接」
「面接?」
早苗が頷く。
「ホームページの求人から連絡来たんだよ」
私は少し驚く。
「もう来たのか」
思っていたより早い。
少しだけ現実味を帯びた気がした。
「うん」
早苗が少し嬉しそうに笑った。
「だから今リビング誰もいないよ」
そう言われ、私はリビングのドアを開ける。
「……おお」
思わず声が出た。
大きな水槽。
ブクブクと泡が上がり、中では沢山の魚が泳いでいた。
「なんだこれ」
私は振り返る。
早苗が少し笑う。
「昨日ね。里奈から連絡あったの」
「連絡?」
「ホームセンターで大きな水槽が展示品処分してて安いけど買う?って」
私は水槽を見る。
確かに大きい。
「元々、熱帯魚飼おうかなって里奈と話してたから」
早苗が続ける。
「安いなら買ってきてって頼んだ」
私は水槽へ近付き、中を覗き込む。
見た事のない金魚が泳いでいた。
丸い身体。
大きく広がる尾びれ。
ヒラヒラと泳ぐ姿が綺麗だった。
「これ金魚か?」
「うん」
早苗が隣へ来る。
「これは、らんちゅう」
指を差す。
「こっちはオランダ獅子頭」
私は少し驚く。
名前も初めて聞いた。
「熱帯魚じゃないんだな」
そう言うと。
早苗が少し笑った。
「里奈、金魚も可愛いと思ったみたい」
私は水槽を見る。
金魚がゆっくり泳ぐ。
泡が上がる。
ただそれだけなのに。
何となく目が離せなかった。
「……なんか癒されるな」
そう言うと。
早苗も水槽を見る。
「うん。可愛い」
しばらく二人で眺めていた。
少しして、二階へ上がる。
「コーヒー淹れてから行くね」
早苗はそう言ってキッチンへ向かった。
私は先に部屋へ入る。
しばらくすると、コーヒーを持った早苗が入ってきた。
二人で並んで座り、コーヒーを飲む。
静かな時間だった。
私はカップを置き、ふと思い出す。
「なあ」
「ん?」
「綾さんって、この業界長いよな」
早苗が頷く。
「うん。どうしたの?」
私は弘から聞いた話をする。
優良店会。
そんなものが出来ているらしい事。
早苗は黙って聞いていた。
話し終わると。
「それで?」
そう聞く。
「綾さんにさ」
私は言う。
「それとなく調べてもらえないかな」
早苗は少し考え。
「分かった。綾さんなら何か分かるかもだね」
そう答えた。
「帰ってきたら聞いてみるね」
私は頷く。
コーヒーを飲む。
窓から入る柔らかい光。
静かな部屋。
そして。
下のリビングでは。
金魚達だけが静かに泳いでいた。

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