201話「泳ぐ時間」

美緒のマンションを出る。

車を走らせ、茉莉花へ戻った。

扉を開けると。

「おかえり」

早苗が優しく笑った。

「ただいま」

自然と笑う。

もう当たり前みたいになっている、このやり取りが少し心地いい。

「今日は静かだな」

私が言うと。

「うん。里奈は送迎行ってる」

早苗が答える。

「綾さんは?」

「今、面接」

「面接?」

早苗が頷く。

「ホームページの求人から連絡来たんだよ」

私は少し驚く。

「もう来たのか」

思っていたより早い。

少しだけ現実味を帯びた気がした。

「うん」

早苗が少し嬉しそうに笑った。

「だから今リビング誰もいないよ」

そう言われ、私はリビングのドアを開ける。

「……おお」

思わず声が出た。

大きな水槽。

ブクブクと泡が上がり、中では沢山の魚が泳いでいた。

「なんだこれ」

私は振り返る。

早苗が少し笑う。

「昨日ね。里奈から連絡あったの」

「連絡?」

「ホームセンターで大きな水槽が展示品処分してて安いけど買う?って」

私は水槽を見る。

確かに大きい。

「元々、熱帯魚飼おうかなって里奈と話してたから」

早苗が続ける。

「安いなら買ってきてって頼んだ」

私は水槽へ近付き、中を覗き込む。

見た事のない金魚が泳いでいた。

丸い身体。

大きく広がる尾びれ。

ヒラヒラと泳ぐ姿が綺麗だった。

「これ金魚か?」

「うん」

早苗が隣へ来る。

「これは、らんちゅう」

指を差す。

「こっちはオランダ獅子頭」

私は少し驚く。

名前も初めて聞いた。

「熱帯魚じゃないんだな」

そう言うと。

早苗が少し笑った。

「里奈、金魚も可愛いと思ったみたい」

私は水槽を見る。

金魚がゆっくり泳ぐ。

泡が上がる。

ただそれだけなのに。

何となく目が離せなかった。

「……なんか癒されるな」

そう言うと。

早苗も水槽を見る。

「うん。可愛い」

しばらく二人で眺めていた。

少しして、二階へ上がる。

「コーヒー淹れてから行くね」

早苗はそう言ってキッチンへ向かった。

私は先に部屋へ入る。

しばらくすると、コーヒーを持った早苗が入ってきた。

二人で並んで座り、コーヒーを飲む。

静かな時間だった。

私はカップを置き、ふと思い出す。

「なあ」

「ん?」

「綾さんって、この業界長いよな」

早苗が頷く。

「うん。どうしたの?」

私は弘から聞いた話をする。

優良店会。

そんなものが出来ているらしい事。

早苗は黙って聞いていた。

話し終わると。

「それで?」

そう聞く。

「綾さんにさ」

私は言う。

「それとなく調べてもらえないかな」

早苗は少し考え。

「分かった。綾さんなら何か分かるかもだね」

そう答えた。

「帰ってきたら聞いてみるね」

私は頷く。

コーヒーを飲む。

窓から入る柔らかい光。

静かな部屋。

そして。

下のリビングでは。

金魚達だけが静かに泳いでいた。

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