朝、目が覚めるともう隣に美緒はいなかった。
昨日の夜のまま、部屋の空気がまだ少しだけ残っている気がする。
ベッドを出てリビングに行く。
美緒はキッチンでいつものようにコーヒーを淹れていた。
「もう起きてたのか?」
後ろから声をかける。
「あっ、おはよう。
今コーヒー淹れてるからね」
豆を挽きながら振り返り、微笑んだ。
私はリビングのソファーに腰を下ろす。
テーブルの上には、開いたままのノートパソコンがあった。
何気なく画面を覗くと、英語の文章が並んでいる。
「昨日の話、ちょっと形にしてみたの」
美緒はそう言って、手に持っていたカップをテーブルに置き、隣に座った。
「早いな」
そう言うと、美緒は少しだけ肩をすくめた。
「寝る前にちょっとね。こういうの、考え出すと止まらないから」
そう言って、カップを私に手渡す。
「まだ途中だけど、これで伝わると思う」
画面を見ながら、私はゆっくりと頷いた。
昨日の“話”が、もう“文章”になっている。
昨日、美緒が言っていた“英語で形にする”という言葉が、もうそこにあった。
そこに、美緒がいる意味が少しずつはっきりしていく。
「これ、リトにも見せるのか?」
そう聞くと、美緒は少しだけ間を置いた。
「うん。でも、その前にもう一回ちゃんと整えたい」
キーボードに指を置く美緒の横顔は、昨日より少しだけ仕事の顔だった。
私はそのあと、美緒に書類の調整を任せることにした。
昼前、私は茉莉花へ戻った。
いつもの空気。
いつもの顔。
早苗に、リトの話を軽く切り出す。
「ちょっとリトと仕事始めることになってさ」
早苗は興味ありそうに顔を上げる。
「えっ、もう始めるの?」
私はアクセサリーの販売とそのやり方や、タレントの話などを早苗に話した。
私は少しだけ“仕事”という名前を使った調整を入れる。
「タレントの仕事が終わるのが夜遅いからさ、どうしても朝方までかかる感じになると思う」
本当のところとは少し違う。
でも、全くの嘘ではないが、事実でもなかった。
早苗は納得したようだったが、少し心配そうに言った。
「それじゃ、大変だね。あまり無理しないでよ」
その言葉で、少しだけ胸の奥が軽くなった。
しかし、早苗の目を真っ直ぐに見れずに「うん」とだけ応えた。
夕方、高梨社長からメールが入る。
『明けまして、おめでとうございます。
早速ですが、明日の午後一時頃“時のかけら”というアンティークとリサイクルのお店で会いませんか?』
メールには店の場所も書かれていた。
アンティークとリサイクルが並ぶ店。
時のかけら。
名前だけで高梨さんっぽいなと思った。
夜、美緒のマンションに戻ると、部屋の灯りは柔らかかった。
「おかえり」
その声と一緒に、美緒はテーブルにノートパソコンを置く。
「できたよ」
画面には、整えられた契約書。
英語の文章が、きちんと“仕事”になっていた。
昨日の会話が、もうここまで来ている。
美緒は静かに言った。
「これなら、ちゃんと伝わると思う」
私は画面から視線を外し、隣にいる美緒を見た。
もう、美緒なしでは進まないところまで来ている気がした。

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