夕方前に、茉莉花の事務所を出た。
車に乗り込み携帯を見ると、美緒からメールが届いていた。
『弘さんからデータ受け取りました。
自宅に戻って作業に入ります』
一時間ほど前に届いていたメールだった。
『分かった。今から行く』
短く返信する。
部屋のドアを開けると、美緒の「おかえり」と言う柔らかな声と、いつものいい匂いが出迎える。
「ただいま」と少し笑いながら返し、コートを脱ぐと、さり気なく美緒が受け取る。
リビングは夕方の柔らかなオレンジ色の光が、美緒の部屋の奥まで差し込んでいた。
カーテン越しの光に照らされたテーブルの上には、ノートパソコンといくつかの資料。
「コーヒー淹れるね」
コートをかけながら美緒が言う。
「ありがとう」
私はソファーに体を預ける。
いつもの豆を挽く音が聞こえ、やがてコーヒーの良い香りが部屋に広がる。
美緒がカップをテーブルに置き、隣に座る。
「女の子の写真どうだった?」
カップを手に取りながら聞く。
「うん、すごくいい写真だよ。
余白の使い方。背景のぼかしや光の入れ方。
あと、女の子がすごくリラックスして自然体で撮れてるのがすごいよ。
さすが美咲さんって感じ」
美緒はそう言いながら、パソコンの画面の向きを少し私に向ける。
画面に映る写真は想像以上のものだった。
無邪気に笑う写真。
モデルみたいなポーズをしている写真。
どの写真もリラックスしているのが、見ていて伝わる。
「すごいな、ファッション雑誌の写真みたいだな」
画面を見たまま、つぶやくように言った。
「うん。すごいでしょ、バリエーションも多いから女の子ひとりにつき十枚は載せられるよ」
美緒は小さく頷きながら言う。
「そうか、さすがカメラが好きっていうだけあるな」
「手を加えるところは、ほとんどないよ。
顔にぼかしの加工と、ホクロなんかを消すくらいかな」
そのタイミングで、テーブルの上の携帯が震えた。
弘からの着信だった。
「もしもし」
「お疲れっす、兄貴。いま大丈夫っすか?」
「ああ、どうした?」
「明日の夜、忘年会しようかと思ってるんすよね。
兄貴の都合はどうですか?」
「問題ない。
美咲の歓迎会もしてなかったからな」
「やったぁ!それじゃ、店と時間が決まったら連絡するっすね」
弘が喜んでいる顔が浮かんだ。
「あっ、写真のほうはどうだったすか?」
弘が少し心配そうに聞く。
「ああ、バッチリだ。
美緒も驚いてたぞ。美咲にそう伝えておいてくれ」
そう答えると、電話の向こうで少しだけ安堵したような気配がした。
電話を切り、美緒に
「弘が明日の夜、忘年会やりたいらしいんだ。美緒も行くだろ?」と聞いた。
「うん、行きたい」
美緒は嬉しそうに言った。
ふと窓を見ると、雪がちらついている。
「なんか冷えるなって思ったんだよな」
私は立ち上がり、窓から外を眺めていた。
「本当だ、初雪だね」
美緒は隣に来て、そっと腕を絡める。
しばらく二人で、風に舞う雪を眺めていた。
「マジで冷え込んできたなぁ」
私は身体をブルっと震わせた。
美緒が私の腕を少し引き寄せる。
隣に目をやると、
「ねえ……また一緒にお風呂入ろっか」
美緒は少し悪戯っぽい笑みを浮かべていた。
その表情にドキッとしたが、「ああ」とだけ短く返した。
「それじゃ……準備してくるね」
小さな声で恥ずかしそうに言い、絡めていた腕を離した。
私はそのまま窓の外を見つめていた。
少し窓を開けると、冷たい風が吹き込んだ。
その冷たさの中で、さっきの美緒の体温だけがやけに残っていた。

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