翌朝、目が覚めると、部屋の空気が柔らかかった。
カーテンの隙間から差し込む光が、床にやわらかく伸びている。
隣を見ると、美緒がまだ眠っていた。
規則的な呼吸と、わずかに乱れた髪。
そのどちらもが、昨日より近く感じた。
起こさないように、そっと身体を起こす。
そのままゆっくりとベッドを出る。
ストーブに火をつけ、キッチンに向かいコーヒー豆を探していた。
「……起きてたの?」
後ろから声がした。
振り向くと、美緒が目を細めながら立っている。
「ああ」
「コーヒー、淹れようか」
そう言って隣に来る。
「私がいないとコーヒーも飲めないね」
美緒は少しだけ笑う。
「ほんとだな」
そのやり取りが、妙に自然だった。
私はカウンターの向こうに回り、美緒がコーヒーを淹れるのを眺めていた。
カリカリカリと心地よい音が広がる。
「私の淹れたコーヒー美味しいでしょ?
こうやって愛情込めて挽いてるからだよ」
美緒はミルの取手を回しながら微笑む。
やがてコーヒーの良い香りが漂ってくる。
美緒はカップを手渡しながら隣に座った。
「今日、エンジェルタッチに今年最後の集金に行ってくる。終わったら連絡入れるね」
「ああ、気をつけてな」
私がコーヒーに口をつけようとしたら、美緒がクスッと笑う。
「うん?」
「寝癖ついてるよ」
そう言うと、美緒はムースを持ってきて直しはじめた。
美緒が優しく髪の毛を整える。
指先が触れるたびに、少しだけくすぐったかった。
ふと美緒の言葉遣いが変わったことに気づいた。
自然過ぎて、いつからか分からない。
でも距離が近くなった気がした。
⸻
その日の夕方、空港へ向かう。
人の流れと、アナウンスの音。
スーツケースの転がる音が、あちこちで響いている。
到着ロビーで待っていると、ポケットの中の携帯が震えた。
画面を見ると、リトからだった。
「はい」
「あ、直人さん?」
聞き覚えのある声だった。
「リトです。昨日はありがとうございました」
店の中とは少し違う、落ち着いた声だった。
「ああ、こちらこそ」
周りのざわめきの中で、その声だけが妙にクリアに聞こえる。
「楽しかったって言ってもらえて、よかったです」
「そうか」
短く返す。
それだけのやり取りなのに、少し間が生まれる。
「また、よかったら来てください」
営業っぽくない、自然な言い方だった。
「分かった、また行くから」
「はい」
一拍置いてから、リトが続ける。
「それと——」
周りのアナウンスが、一瞬だけ遠くなる。
少しだけ声のトーンが変わる。
「また、ゆっくり話したいです」
その言葉に、わずかに引っかかるものが残る。
「……ああ」
曖昧に返す。
「じゃあ、失礼します」
通話が切れる。
画面を見たまま、少しだけ立ち止まった。
しばらくして、早苗たちが姿を見せた。
手を振りながら近づいてくる。
「直人くん!ただいまー!」
里奈ちゃんが手を振りながら駆け寄り、抱きついた。
少し遅れて早苗が駆け寄り、
「ちょっと里奈!なんで、あんたが抱きつくのよ!」
その様子を見て、日常が戻ってきた気がした。
軽く言葉を交わし、荷物を受け取る。
他愛のない会話が続く。
さっきまでの会話が、まだどこかに残っていた。
ただの挨拶のはずなのに、
それだけでは終わらない気がした。

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