扉を開けると、やわらかい甘い香りがふわりと広がった。
外の冷たい空気が、そこで途切れる。
「ここ、好きなんだよな」
そう言って中に入ると、店の奥のほうにある席に目を向けた。
ツリーはすぐ目の前にあった。
ガラス越しに見える光が、さっきよりも少しだけ近く感じる。
「……いいお店ですね」
美緒が小さく言う。
「ああ。たまに来る」
それだけ答えて、向かいの席に座った。
しばらくして運ばれてきたカフェオレは、両手で包みたくなるくらい大きなマグカップに入っていた。
立ち上る湯気が、ゆっくりと空気に溶けていく。
「大きいですね」
少し驚いたように美緒が笑う。
「だろ」
短く返して、カップに口をつける。
温かさが、喉の奥に落ちていく。
続いて運ばれてきたベニエには、シナモンシュガーがたっぷりとかかっていた。
ひとつ取ると、指先に砂糖が軽くつく。
「……甘そう」
そう言いながらも、美緒は少しだけ嬉しそうだった。
かじった瞬間、粉砂糖がふわりとこぼれ落ちる。
その様子を見て、思わず少しだけ笑った。
美緒はもう一口ベニエをかじって、指先についた砂糖を軽く払った。
その仕草を見ながら、カップを持ち上げる。
しばらくは何も話さずに、ただゆっくりとした時間が流れていた。
窓の外では、ツリーの光が変わらず瞬いている。
「……今日さ」
不意に口を開く。
「このあと、弘と会うんだ」
「弘さんと?」
美緒が顔を上げる。
「ああ。ちょっと付き合ってほしいって言われてて」
それだけ言って、カフェオレを一口飲む。
それ以上は続けなかった。
美緒も、深くは聞かなかった。
ただ、小さく頷いてカップに口をつける。
その距離感が、心地よかった。
「私も一緒に行っていいんですか?」
少しだけ間を置いて、美緒が言う。
まっすぐではあるけど、ほんの少しだけ遠慮が混じっていた。
その言い方が、らしかった。
「うん、いいよ」
そう答えると、美緒は嬉しそうに頷いた。
店を出て、ツリーから少し離れた海辺の護岸に沿った遊歩道を歩いた。
冷たい空気の中、さっきまでの温もりが、まだ身体の奥に残っている。
二人でベンチに座る。
美緒は私の腕に手を絡め、そのまま顔を肩に寄せてきた。
静かな呼吸が、コート越しに伝わってくる。
海面に映ったクリスマスツリーは、ユラユラと揺れている。
しばらく、何も言わずにその光を眺めていた。
コートを分け合うように、美緒の身体を抱き寄せる。
少しだけ顔を上げた美緒と、視線が合った。
そのまま、自然に距離が縮まっていく。
そっと首元に手をまわし、引き寄せる。
触れた唇は、思っていたよりもやわらかかった。
一瞬だけ、時間が止まったような気がした。
わずかに離れたあとも、互いの呼吸が近いまま残る。
美緒は何も言わず、もう一度だけ目を閉じた。
さっきのベニエより、ずっと甘かった。

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